落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(34) 認可保育園への道(1)園長先生の手記

2012-08-10 10:47:27 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(34)
認可保育園への道(1)園長先生の手記





 双子の出産を終えた靖子がようやく復帰をしてきたものの
まとめ役の美千子が不在となったために、準備室の運営は滞ったままです。
なでしこ保育園が目指している認可保育所作りは、全体集会をひらく
その目星すらたたなくなってしまいました。


 相次いだ園内での不祥事の結果として、
なでしこ保育園からは昼間の園児、8名が去ってしまいます。
資金調達の一環として精力的に取り組まれてきたカンパ活動からも
一時の勢いが、すっかり消えてしまいました。



 残った園児の父兄からも、認可保育園の建設は
「まだ、時期尚早ではないのか。」、
「すこし、ほとぼりを冷ましてから・・」 
などという、消極論が出始めました。



 それでも状況の打開のために、陽子と靖子がコンビを組んで
全体集会の開催のための、粘り強い説得行動がはじまりました。
父兄たちを戸別に訪ねての、地道な話し合いの日々がつづきます
それらがようやく功を奏しました。
園長先生の葬儀から2カ月ほど経った今日、ようやく、
全体集会が開けることになりました。


 しかしこの時点で、募金活動をはじめとした、
あらゆる資金調達のための取り組みが、暗礁に乗り上げたままで、
すでに完全にストップをしていました。
目標金額の約4割、1600万に届いたところでぴたりと止まったままです。



 全体集会では、不足した分の資金繰りについての懸念と、質問が相次いで出されます。
結局、会議は行き詰まり、議論そのものも止まってしまいました。
2400万の資金不足という現実の重さが、それ以降の議事の進行までも、
止める形になってしまいました。



 結局、建設をめざすための代表、10名だけが選出をされます。
あたらしい総会の準備のために『建設準備委員会』だけがつくられました。
資金繰りのめどがついた時点で、全体集会も建設を承認をするという
条件をつけて、この日の全体会議が終了をします。


 会議の終了後、幸子がレイコを呼びとめました。
幸子が手にしているのは、園長先生がレイコに託したもので、
綾乃ちゃんの事故のことが詳細にしるされていたあの一連のノートです。




 「これはやっぱり・・・
 美千子に届けてあげたいと思うんだけど、
 レイコなら、どうする? あなたはどう思う?。」



 「幸子がいいというのなら、私は、賛成する。
 けど・・・。」


 「けど・・?」


 「立ち直りきれていない美千子には、まだ・・・・辛すぎると思う。
 忘れる努力をしているのに、逆効果にならないかしら。
 詳細な記録すぎるんだもの、園長先生の記録って。
 私も、(少しだけ)目は通したけど・・・」



 「誰にも見せないはずの、
 母の本音が、書きとめてある資料だもの、確かにそれはある。
 私も初めて読んだ時は、びっくりしたもの。
 細かい時間の経過を追いながら
 ほんの些細な医師や、看護婦さんたちの会話まで書き留めているし
 綾乃ちゃんの刻々とした容態の変化まで、これだけ克明に
 書き留めておいたんだもの。
 あの騒動のなかで、よくこれだけ残したものだと
 私も、つくづく感心した。」



 レイコの手元へ、ノートを手渡しながら、
強い口調で、幸子がレイコの目を見てさらに言葉をつづけます。



 「でもさ、たしかに辛いけど、
 美千子には、全部を知らせるべきだと思う。
 いまだに立ち直れていないのは、
 綾乃ちゃんの、亡くなってしまった時のいきさつが
 全く見えていないと言うことが、きっとあるのだと思う。
 親として知っておきたい一切の経過が、いまだに闇の中だもの、
 たぶん、やりきれない思いが今もあると思う。
 母にだって、自分で言いきっているように落ち度は、確かにあったのだもの。
 突然死の知識すらなかった自分を、あれほど後悔をしているくらいだもの・・・・
 自ら、保育者失格と書いたらいだから、
 もしかしたら母の心にも、「助けられたかもしれない」という、
 重い自責の気持ちが、亡くなる寸前まで確かに有ったのだと思う。
 最初に綾乃ちゃんのうつぶせ寝を見た瞬間に、
 戻してあげていれば、助かっていた可能性はあると、
 私も、そういう風に考えている。」



 「幸子!」



 「美千子は、全部知るべきだと思う。
 母の見落としも含めて、あらいざらいを知ってほしい。
 綾乃ちゃんがぐったりしている時から、病院へ搬送されて、
 美千子が到着する前に、亡くなってしまった綾乃ちゃんのすべてを、
 隠さずに全部伝えてあげるのも、残された私の責任だと考えた。
 それができるのは、このノート以外にないと思う。
 お願いレイコ、辛い役目を引き受けて。」



 「そうしていいの?それでもいいの?
 幸子も、園長先生も・・・」



 「なでしこは、これから先もいろんな物を乗り越えて、
 前に進まなければいけないと、私は考えています。
 突然死とはいえ、園児がひとり亡くなってしまったということは
 隠しようのない事実だし、
 今だって頻繁にはっとするような見落としや、
 保育事故寸前の不手際は日常的に、たくさんある。
 だからこそ、母はたくさんの園児たちの些細な記録を、山ほど残してくれたのだと思う。
 もっといい保育園をつくるために、もっといい保育者になりなさいって。
 母は、ひたすら事実だけを冷静に書き留めてきたのだと思う。
 私も、美千子には事実だけを伝えたいの。
 そして、それは亡くなった母もたぶん・・・
 同じ思いだと、私は思う。」





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