落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(4)   第一章(4)公民館主事

2012-08-25 09:34:10 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(4)
  第一章(4)公民館主事




 自己紹介が遅れました。
わたくし石川敏(さとし)は、桐生市の西部に建つとても古い公民館に勤務している者で、
肩書きは「公民館主事」です。

 身分は公務員で、桐生市の職員です。
「公民館」と言うところを、解りやすく説明をすると地域の人たちに、交流の場を提供することと併せて、
スポーツや文化全般にわたる、社会教育活動の拠点としての役割を果たしています。


 例えば、お茶やお花、社交ダンスなどの趣味の集いなどを始めとする、
各種の市民による自由な自主的な活動のために、場所を提供してその生涯教育活動を援助・促進する、
というのが我が「公民館」の使命です。



 ■公民館主事(こうみんかんしゅじ)とは、
  公民館に配置され、公民館長の下にあって、社会教育の機会の企画や
  提供および地域住民との連携の中で、社会教育の質を高めていく
  専門的職員(社会教育法第27条、公民館の設置および運営に関する基準第8条など)
  のことです。



 アマチュア劇団「創芸」の活動拠点も、この公民館でした。


 解散以来、座長とはまったくの、音信不通になってしまいました。
劇団が全盛のころには、毎日午後7時過ぎには稽古場に現れて遅い時間になると必ず私のもとに顔を出し、
「ああでもない、こうでもない」と熱く演劇の自論を語り続けていまし
私は劇団に籍を置いていたわけではなく、公民館職員として、劇団との窓口を担当していました。
(もっと言えば、・・・時絵の熱狂的なファンの一人です)


 ともあれ、あれから10年たった今、
劇団再結成の案内状が、律儀にも私の手元にまで届きました。
大晦日と言う設定自体もユニークですが、集合場所がスナック「再会」と指定してあるのも、
なにやら出来すぎの感がありました。
集合時間に「随意」と書いてあるのが、また愉快です。



 指定されたスナック「再会」は、
歓楽街のひとつ、「仲町通り」を南に下りきったところにありました。
線路わきに、小さな(見落としそうな)協会が有り、その路地をすこし入った所に、そのスナックの看板はありました。

 時刻は、午後8時をすこし回りました。
桐生の下町とされるこの界隈は、迷路のような細い路地が縦横に交差しています。
軒下の隙間はすこぶる狭く人が一人、やっと歩けるほどしかありません。
そんな路地が、屋並みを縫いながら、どこまでも奥へ向かって続きます。



 私の背中へ、温かい手とお化粧の匂いが突然ぶつかってきました。
どこか懐かし香水の香りも、ふわりと漂ってきます。
・・・シャネルのNo.5? 驚いて振り返ると美人姉妹の妹、茜(あかね)が悪戯っぽく首をすくめて
私の背中へしっかりと張り付いていました。


 ■シャネル (Chanel)は、ココ・シャネルが興した
  ファッションブランド、および同ブランドを展開する企業です。
  レディース商品を中心に展開しており、服飾・化粧品・香水・宝飾品と
  展開分野は実に広範囲におよびます。


   当時の新進な、ウーマンリブを象徴して、
 「古い価値観にとらわれない女性像」がそのブランドポリシーでした。
  喪服用途であった黒い服を「リトル・ブラック・ドレス」として広汎的に広め、
  また自立した働く女性のためのジャージ素材、ツイード素材のスーツを打ち出すなど
  ファッションの歴史を次々と刷新していきました。


1921年、調香師のエルネスト・ボーにより、
シャネル初の香水「No.5」を同年の5月5日に発売しました。
  数字の「5」に縁起を担いで、発売をこの日にしたと言われています。
  脂肪族「アルデヒド」を大胆に使用した香調で話題となりました。
  「No.5」は試作品番号のことです。





 「ねぇ、ここが終わったらつき合ってくれる?。」


 一つ違いですから、もう29歳のはずです。
10年前は、小柄な「そばかす美人」でしたが、クリクリとして愛らしく見つめる両眼は、
当時の面影そのままでした。
劇団で活躍していた頃は、ほとんどノーメイクで通していましたが、
このシャネルのNo.5だけが、彼女の歩いた後に、かすかに香っていた記憶が残っています。


 「おう、構わないけど、
 いいのかな?
 旦那や、子供たちは?」



 「大晦日だというのに出歩いて
 元日になるというのに、付き合えなんて言う女に、
 何で、家庭があると思う訳?。
 そう言うあんたは、まだ、独身のままでしょう。
 まだ永遠のマドンナに、
 (時絵に)首ったけなわけ?。」


 「ん…」
 


 「初詣に行こうよ。
 12時頃になったら、こっそりとここを抜け出しましょう。
 先に約束を取り付けておかないと、
 あんた、・・・絶対に呑みすぎるもんね。
 きっとだよ、約束ね。」



 そう言うなり茜が、いきなり首筋へ唇を押しつけてきました。
抵抗する一瞬さえもありません。
甘い香りを私の首の周辺に、たっぷりと漂わせてから、私の右腕を勢いよく抱え込み、
そのまま元気に再会のドアを開け放ちました。



 「時絵ママ~、元気。
 一番乗りのカップルが、やってきましたぁ!。」







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