落合順平 作品集

現代小説の部屋。

デジブック 『早朝の調整池巡り』

2012-08-13 19:18:28 | 現代小説
デジブック 『早朝の調整池巡り』

関東平野の北端にあたるこの一帯には、河川がありません。
そのために、大雨対策のひとつとして、水を貯めるための遊水地がたくさん準備をされています。
今朝は早朝から、そうした調整池を巡りました。


「レイコの青春」(37) 認可保育園への道(4)美千子の本音

2012-08-13 09:08:20 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(37)
認可保育園への道(4)美千子の本音





 しばらく沈黙を続けた後、
自分自身を見つめて、次に言うべき言葉を探していた美千子が、
ゆっくりとレイコへ視線を戻してきました。



 「夜間で、しかも深夜まで乳幼児を預かってくれる
 保育園を作るなんて、口で言うのは簡単だった。
 だけど実際の運営となると、初めてのことばかりで気苦労の量は
 想像を絶するほどたくさんあったはずなのに、
 園長先生は、一度として泣き事なんかは言わなかった。
 無理なお願いばかりを繰り返していたのに、
 いつも快く応じてくれた上に、私の愚痴にまで、
 辛抱強く付き合ってくれたのよ。」


 「でも、そのなでしこのおかげで
 仲町で働くお母さんたちが、ずいぶんと助かったはずでしょう。
 すごいことだと私は思うけど。」



 「レイコ、私が聴いてほしいのは、
 実はそれとはまったく別の話なの。
 自分の心が実は病んでいたことに、まったく気がついていない自分が居たの。
 親の反対を押し切って二度も、
 認めてもらえない結婚を繰り返した挙句、
 それぞれ親の違う子供を抱えて、私が今日まで頑張ってこれたのも、
 実は、園長先生と出会えたおかげなの。
 ほんとうは、自分でも水商売の仕事は嫌いだった。
 生きるためにと、やりきれない気持ちの中で仕事だけをしていたわ。
 いつまで経っても、水商売から抜け出すこともできず、
 中途半端でやりきれない生活ばかりを繰り返していたの。
 それでも、自分を見失わずに此処までやってこれたのは、
 第二のお母さん代わりにもなってくれた
 園長先生のおかげなの。」



 「私には美千子が、そんな風には全然見えなかった。
 いつでも行動的で、明るい美千子の頑張り屋ぶりをうらやましいと思ってた。
 私には、とても真似ができないことばかりだもの、
 あなたのそんなエネルギーには、いつもあこがれていた。」



 「そう・・・それが誰もが知っている、表向きの私だった。
 でも実際にやってきたそれまでの事と、
 わたしの本心は、まるまる正反対のままだった。
 園長先生と、最初に夜間保育園をたちあげた時も、実はそうだった。
 あの時だって、私の本当の気持ちは、
 24時間子供と一緒にいて、自分の手だけで子育てがしたみたかった。
 とんでもないと言える、自己矛盾の世界だった。
 無認可の保育園をたちあげておきながら、
 専業主婦のように、いつも子供たちと一緒に居たいなんて本気で考えていた。
 本音を言えば、翔太や綾乃と片時も離れずに、いつも一緒に暮らしていたかった。
 でも、そんな私の揺れていた気持ちを園長先生は
 ちゃんと、受け止めてくれたわ。


 『あなたが優しい母親であることは、見ている私にはよくわかります。
 そのあなたの分まで子供たちを、わたしが代わりに見守っていますから、
 あなたは安心して仕事に行ってらっしゃい』、そう言って
 いつも優しく励ましてくれたのよ。
 私の方が、子供と離れただけで心細くなってしまうの。
 でも園長先生は、そんな私の心の中もちゃんと理解をしてくれた。
 あなたのそんな心のあり方も、これから私と一緒に、
 なでしこで育てていきましょう。
 そう、言って励ましてくれたのよ。
 解る、レイコ。
 園長先生は、私を含めて3人を育ててくれたんだ。」




 「美千子がそんな風に悩んでいたなんて
 私は、今日まで、全然気がつかなかった。
 美千子って、自由奔放が取り柄だとばかり思いこんでいた。
 明るすぎる美千子が羨ましいと、ず~と感じていたし、それが素敵だった。
 私には、とても信じられない・・・」





 「私の外見だけ見れば、レイコが感じていた通りだと思う。
 自分でも、子供を持って初めて気がついたの。
 私は、周りと上手く融合ができないし、不器用すぎる部分も有りすぎるの。
 そのためなんだろうと思うけど、
 他人と接するときには、いつだって先に自分の意見を出せずに、
 ついつい流れの中に、身ををまかせてしまう弱い部分があるの。
 人に嫌われたくないあまり、
 『こうして欲しい』って、正直に言えない私が居るの。
 外見の部分だけが独り歩きして、寂しがり屋や、泣き虫の自分は、
 全部、自分の内側に閉じ込めてしまって生きてきた。
 それを、園長先生は全部見抜いてくれた。
 でもあせらないでねって、笑ってもくれた。
 子供たちと一緒になって
 大人への成長をしましょうって、励ましてくれたのよ。」



 「うん、
 わたしも園長先生に元気をもらった。
 でも・・・園長先生の真意って、一体なんだろうね、
 美千子になにをつたえたかったんだろう、」



 「保育は、人を育てるための準備をはじめる場所になるそうです。
 なにげない日常の繰り返しの中で、一人の人間を育てるために
 最初の準備を、ゆっくりと蓄積していく場所が必要で、
 それこそが保育の仕事になると言い切りました。
 それがいつもの園長先生の、口癖だったの。
 私が、できるかぎりの愛情を自分の子供に注ぐことと、まったく同じように、
 子供が社会に飛び立つためには、
 周りにいるたくさんの人たちが愛情をそそいでやることが
 とても大切なことなんだって教えてくれた。
 手放したくないものを、しっかりと手放すために育てることが
 産んだあなたの仕事です、それを手助けするのが私の仕事です、て
 いつも笑って話していました。
 手放したくないものを縛り付けるのではなく、
 手放したいからこそ、愛情をこめてしっかりと健康な子供に育てあげるの。
 人の生命の再生産の素晴らしさは、そこに有るんだって
 いつも園長先生が励してくれました。
 女って、子供を育てて初めて一人前の人間になるそうです。
 そんな風にも言われたわ。
 おかげで肩の力が抜けて、気持ちが楽になった。
 第一私自身の、人を見る目が変わったもの。」




 「そうだったんだ・・・
 美千子がそんなに悩んでいたなんて、私ちっとも、知らなかった。」



 「言ったでしょ、私は表に出せないタイプだって。
 でも、そんな私にとっての悪い癖も、園長先生のおかげでずいぶんと治ったわ。
 もうすこし、早く気がついていれば、
 もしかしたら、二度も結婚をしなくても済んだかもしれませんねと、
 苦言なども、実は言われてしまいました。」



 「なるほどね、
 やっぱり、全部がお見通しだったんだ、 園長先生は・・・」



 「ありがとうね、レイコ。
 やっと素直に、自分のことが話せたわ。
 あんたにだけは、見せたくないと思って
 虚勢をはってきた部分が、本当はたくさんあったの。
 それでも、レイコは今日まで、いつもと同じところで待ち続けてくれた。
 ごめんね、私がつまらない意地をはりすぎて・・・
 レイコにはかえって、辛い思いをさせてしまったわね。
 これから先も、
 友達のままでいてくれる?」



 「やっと、胸のつかえが取れたみたいね。
 久々に、美千子のすがすがしい顔を見た気がする。
 わたしこそ、あなたを尊敬するわ、
 大胆に立ち向かって、開かない扉まであけようとしている
 そのエネルギーが、いつも眩しかったし、その勢いと、行動力が大好きだった。
 わたしこそ、あなたの友人で居ることが誇りだわ。」



 「ありがとう、レイコ。
 じゃあひとつだけ、私もレイコの役に立つように、
 お節介をしても、いいかしら?」



 「え、何だろう?
 私は、嬉しいけれど・・・
 なんのことだか、さっぱりだわ。」


 「ピアノよ。
 保母の単位修得で、どうしてもピアノは欠かせないでしょう。
 園長先生がこぼしていました。
 レイコさんは、ピアノだけは全然、駄目ですねぇ、
 どうしてあれほどまでに気の毒なほど、不器用なんでしょうって・・・
 深いため息をついていました。」



 「そんなぁ・・・
 確かにそれは言えるけど・・・」




 「いつからでもいいから、来て。
 課題曲が弾けるまで、私がちゃんと指導をするわ。
 園長先生も、たぶん、
 それだけが心残りでしょうから。」



 「でも、美千子がピアノなんて、・・・いつの間に?」


 「あれ、私はどこの生まれでしたっけ?。」


 「あっ、山の手のお嬢さんだ!。」



 「5歳から、ちゃんとお稽古をしています。
 末はピアニストか、音大の先生などが夢でしたのに
 ゆえあって、ホステスなんぞをしておりますが、腕前はまだまだ落ちてはいません。
 時々、お店で弾いているくらいですから・・・
 ひと言、断っておきますが園長先生ほど、優しくはありませんよ。
 私の指導は、基本的にスパルタですから。」



 「美千子ったら・・・」








・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/