(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(38)
認可保育園への道(5)はじめての建設委員会
結論が出されなかった全体集会からは、2週間ほどが経過しました。
なでしこ保育園では、第一回目の建設委員会の会議が開かれることになりました。
午後7時から開始の予定で招集をされましたが、すでに10分前には
その全員が勢ぞろいをしています。
「定時より少し早いけど、
全員がそろいましたので、そろそろ始めましょうか。」
議長役を任された陽子が、全員の顔を見まわしてから
いまだに園長代理を務めている幸子に向かって、声をかけました。
異論のない雰囲気を読み取った陽子が立ちあがります。
会議の始まりを宣言しようとした、まさにその瞬間での出来ごとでした。
静まり返っていた廊下を、数人の足音が近づいてきます。
もう全員揃っているのに、今頃になって誰だろう・・・と言うざわめきの中、
ドアを開けて、まず美千子が現れました。
「こんばんは。
ごめんなさいね、みなさん、突然に。
今日は、資金集めの会議を開くという話を聴いたもので、、
実は、心強い援軍の皆さんたちを引き連れて、乱入気味に駆け付けました。
突然のことで申しわけありませんが、、とりあえず皆さんを紹介をしたいのですが、
いいかしら、議長の陽子くん。」
「はい、私には、まったくもって、異存などはありませんが、
でも・・・・とりあえず皆さんや、園長代理の意見もお聞きしないと。」
指名するまでもなく、園長代理の幸子が、
(園長先生がいつも見せていた、目をしっかり細める)笑顔をみせながら、
真っ先に立ちあがりました。
「この会の前身にあたる、建設準備会の発足当時から
ず~と、事務局長を担当されていた美千子さんが、実に久々の登場です。
実は昨日、美千子さんから、資金集めについての妙案が有るので、
是非全員で検討してほしいという、申し入れがありました。
非常に頭の痛い懸案中の事項でもありますので、私はよろこんで
受け入れたいと考えました。
皆さんにも異存が無ければ、早速自己紹介などをお願いしたい
私は思っていますが、
皆さんは、いかがでしょうか?。」
幸子の一通りの説明が終わるのを待ちかねて、
全員の承諾の返事を聴くその前に、すでに美千子の背後からは
品の良い初老の婦人が、居並ぶ委員たちの目の前に登場をしてしまいます。
和服が良く似合う初老の婦人は、そのまま幸子の隣へ
並ぶようにして立ってしまいました。
「紹介などにはおよびません。
あたしゃ、気が短いもので、勝手にはじめてしまいましょう。
お初に、お目にかかります。
おやまぁ、ずいぶんとお若い方たちばかりですねぇ。
まァ、立ち話もなんですから、皆さんがたにはご着席をお願いします。
まったく場違いにもあたる年寄りが、突然にこんな場所に登場して、
さぞや皆さん方も驚きのことと思います。
皆さん方が、働いているお母さんがたの代表であるとしたら、
何を隠そうこの私は、あなた方の旦那様も含む、
世の男たち全部をたぶらかすのを仕事としている
花街の、悪い女たちの、総元締めです。」
老婦人が、にっこりと笑いながらも、
悠然と、出席者全員を吟味するように眺め回します。
呆気にとられたまま、まだ立ちつくしている数人に向かって、手で合図をします。
気を使うことなく、早くお座りなさいと、もう一度微笑みました。
「何事をするにつけても、
年齢的に偏りすぎるというのは、まことにもってよろしくはありません。
園長先生と言う尊敬すべき長老を失った今、
あなたたちにとって、もっとも必要なのは、経験豊かな人生の先輩を
相談役として、この場に向かい入れることだと思います。
かく言うわたしは、かつては桐生芸者の元締めで、
仲町界隈を知り尽くした、飲食業関係の古狸(ふるだぬき)です。
芸妓名を『八千代』と名乗って通しましたが、
実は本名も、ひらがなで一文字だけ少ない、「ちよ」と申します。
どうぞ八千代姐さんと、これからは呼んでくださいまし。」
「八千代姐さんと呼べ」のひとことに空気が、にわかになごみ始めます。
肩の力が抜けたように、会場のあちこちからは、
含み笑いまでが聞こえてきました。
「ほ~ら、ごらんなさい。
皆さん共にリラックスをされて、良い笑顔になりました。
最前のような状態で、しかめっ面ばかりをしていたのでは、
この会議の席上で、どのように頭を使い考えようとも、
決して良い考えなどは、出てまいりません。
肩の力を充分に抜いてくださいまし、
そうすることで、ひょいと良い考えなども、浮かんでくるかもしれません。
さて・・・
充分に場がなごみましたので、後は
若い人たちにお任せをして、老いぼれは、とっとと、
引っ込むことにいたしましょう。」
思わず、小さな拍手がおこります。
にこりともう一度笑顔を返した八千代姐さんが、早々に美千子の
背後へ潜り込んでしまいます。
美千子が入れ替わりに前へ出ます。
「最初から突然に、
驚ろかせてしまってごめんなさい。
実は私の独断で、低迷している募金活動の打開のために、
こうして、水商売業界の人たちに、応援のお願いして回りました。
皆さんもよくご存じのように、無認可のなでしこ保育園は
わたしたちが園長先生に、夜完専用の保育園を運営してくださいと、
お願いしたことから、その歴史がはじまりました。
仲町の雑居ビルでの最盛時には、12人の新生児や乳幼児、
2歳児や3歳児たちが、そこでお世話になりました。
いまでこそ園も移転して、昼間を中心にした保育が運営されていますが、
もともとは、夜の繁華街で子供を抱えて働く人たちにとっての
駆け込み寺が、なでしこの役割でした。」
「駆け込み寺は、古いわね~、
でも、言わんとする意味にはぴったりだけど・・・」
陽子が、横やりをいれます。
一息入れた美千子が、悪戯っぽく笑う陽子へほほ笑みを返します。
「私も、ずいぶんとなでしこには助けられました。
同じように子供をなでしこに預けて、夜の繁華街で働いた
同僚やお友達がたくさんいます。
でも不思議なことに、ここの夜の町へは
募金活動の声が、たったの一言も届いてきません。
その理由は、さきほど実に見事に自己紹介をされた、
八千代お姐さんから、その理由を教えられました。
『おおくの女性たちの敵となるのが、水商売です。
好き好んで良家のお嬢さんやお嫁さんたちが、顔を出すはずがありません。
どうやら経験が若すぎて、本当の世間というものが解っていませんね、
ここらあたりからが、どうやら私の出番です。
私が美千子さんの片棒をかつぎますので、その何とか言う、
建設の会議に乗り込もうではありませんか。
夜働く女たちだって、昼間はちゃんと子育てをしていますし、
同じようにたくさんの子供たちを、ちゃんと立派に育て上げました。
ここに働く未婚のホステスさんたちだって、
やがては子を産みそれを育てあげる、同じ桐生の女です。
ここはひとつ女たちが手を組んで、昼と夜との共同戦線といきましょう。
世の男たちに、昼と夜の女たちが仲良くなると
いったいどんなことができるのか、どんな世の中が出来上がるのか、
目にものを見せてあげましょう。
桐生女の、本当の心意気を見せてあげようじゃありませんか』
そう言われて、ここへ乗り込むという経緯(いきさつ)になりました。
・・・という説明で、よろしいでしょうか、
八千代お姐さん?」
「はい、たいへん結構にございます。
明瞭にして、簡潔であればさらに言うことはありませんが、
まァ、混み入ったゆえ話、おおまかに意味さえわかれば充分でしょう。」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
認可保育園への道(5)はじめての建設委員会
結論が出されなかった全体集会からは、2週間ほどが経過しました。
なでしこ保育園では、第一回目の建設委員会の会議が開かれることになりました。
午後7時から開始の予定で招集をされましたが、すでに10分前には
その全員が勢ぞろいをしています。
「定時より少し早いけど、
全員がそろいましたので、そろそろ始めましょうか。」
議長役を任された陽子が、全員の顔を見まわしてから
いまだに園長代理を務めている幸子に向かって、声をかけました。
異論のない雰囲気を読み取った陽子が立ちあがります。
会議の始まりを宣言しようとした、まさにその瞬間での出来ごとでした。
静まり返っていた廊下を、数人の足音が近づいてきます。
もう全員揃っているのに、今頃になって誰だろう・・・と言うざわめきの中、
ドアを開けて、まず美千子が現れました。
「こんばんは。
ごめんなさいね、みなさん、突然に。
今日は、資金集めの会議を開くという話を聴いたもので、、
実は、心強い援軍の皆さんたちを引き連れて、乱入気味に駆け付けました。
突然のことで申しわけありませんが、、とりあえず皆さんを紹介をしたいのですが、
いいかしら、議長の陽子くん。」
「はい、私には、まったくもって、異存などはありませんが、
でも・・・・とりあえず皆さんや、園長代理の意見もお聞きしないと。」
指名するまでもなく、園長代理の幸子が、
(園長先生がいつも見せていた、目をしっかり細める)笑顔をみせながら、
真っ先に立ちあがりました。
「この会の前身にあたる、建設準備会の発足当時から
ず~と、事務局長を担当されていた美千子さんが、実に久々の登場です。
実は昨日、美千子さんから、資金集めについての妙案が有るので、
是非全員で検討してほしいという、申し入れがありました。
非常に頭の痛い懸案中の事項でもありますので、私はよろこんで
受け入れたいと考えました。
皆さんにも異存が無ければ、早速自己紹介などをお願いしたい
私は思っていますが、
皆さんは、いかがでしょうか?。」
幸子の一通りの説明が終わるのを待ちかねて、
全員の承諾の返事を聴くその前に、すでに美千子の背後からは
品の良い初老の婦人が、居並ぶ委員たちの目の前に登場をしてしまいます。
和服が良く似合う初老の婦人は、そのまま幸子の隣へ
並ぶようにして立ってしまいました。
「紹介などにはおよびません。
あたしゃ、気が短いもので、勝手にはじめてしまいましょう。
お初に、お目にかかります。
おやまぁ、ずいぶんとお若い方たちばかりですねぇ。
まァ、立ち話もなんですから、皆さんがたにはご着席をお願いします。
まったく場違いにもあたる年寄りが、突然にこんな場所に登場して、
さぞや皆さん方も驚きのことと思います。
皆さん方が、働いているお母さんがたの代表であるとしたら、
何を隠そうこの私は、あなた方の旦那様も含む、
世の男たち全部をたぶらかすのを仕事としている
花街の、悪い女たちの、総元締めです。」
老婦人が、にっこりと笑いながらも、
悠然と、出席者全員を吟味するように眺め回します。
呆気にとられたまま、まだ立ちつくしている数人に向かって、手で合図をします。
気を使うことなく、早くお座りなさいと、もう一度微笑みました。
「何事をするにつけても、
年齢的に偏りすぎるというのは、まことにもってよろしくはありません。
園長先生と言う尊敬すべき長老を失った今、
あなたたちにとって、もっとも必要なのは、経験豊かな人生の先輩を
相談役として、この場に向かい入れることだと思います。
かく言うわたしは、かつては桐生芸者の元締めで、
仲町界隈を知り尽くした、飲食業関係の古狸(ふるだぬき)です。
芸妓名を『八千代』と名乗って通しましたが、
実は本名も、ひらがなで一文字だけ少ない、「ちよ」と申します。
どうぞ八千代姐さんと、これからは呼んでくださいまし。」
「八千代姐さんと呼べ」のひとことに空気が、にわかになごみ始めます。
肩の力が抜けたように、会場のあちこちからは、
含み笑いまでが聞こえてきました。
「ほ~ら、ごらんなさい。
皆さん共にリラックスをされて、良い笑顔になりました。
最前のような状態で、しかめっ面ばかりをしていたのでは、
この会議の席上で、どのように頭を使い考えようとも、
決して良い考えなどは、出てまいりません。
肩の力を充分に抜いてくださいまし、
そうすることで、ひょいと良い考えなども、浮かんでくるかもしれません。
さて・・・
充分に場がなごみましたので、後は
若い人たちにお任せをして、老いぼれは、とっとと、
引っ込むことにいたしましょう。」
思わず、小さな拍手がおこります。
にこりともう一度笑顔を返した八千代姐さんが、早々に美千子の
背後へ潜り込んでしまいます。
美千子が入れ替わりに前へ出ます。
「最初から突然に、
驚ろかせてしまってごめんなさい。
実は私の独断で、低迷している募金活動の打開のために、
こうして、水商売業界の人たちに、応援のお願いして回りました。
皆さんもよくご存じのように、無認可のなでしこ保育園は
わたしたちが園長先生に、夜完専用の保育園を運営してくださいと、
お願いしたことから、その歴史がはじまりました。
仲町の雑居ビルでの最盛時には、12人の新生児や乳幼児、
2歳児や3歳児たちが、そこでお世話になりました。
いまでこそ園も移転して、昼間を中心にした保育が運営されていますが、
もともとは、夜の繁華街で子供を抱えて働く人たちにとっての
駆け込み寺が、なでしこの役割でした。」
「駆け込み寺は、古いわね~、
でも、言わんとする意味にはぴったりだけど・・・」
陽子が、横やりをいれます。
一息入れた美千子が、悪戯っぽく笑う陽子へほほ笑みを返します。
「私も、ずいぶんとなでしこには助けられました。
同じように子供をなでしこに預けて、夜の繁華街で働いた
同僚やお友達がたくさんいます。
でも不思議なことに、ここの夜の町へは
募金活動の声が、たったの一言も届いてきません。
その理由は、さきほど実に見事に自己紹介をされた、
八千代お姐さんから、その理由を教えられました。
『おおくの女性たちの敵となるのが、水商売です。
好き好んで良家のお嬢さんやお嫁さんたちが、顔を出すはずがありません。
どうやら経験が若すぎて、本当の世間というものが解っていませんね、
ここらあたりからが、どうやら私の出番です。
私が美千子さんの片棒をかつぎますので、その何とか言う、
建設の会議に乗り込もうではありませんか。
夜働く女たちだって、昼間はちゃんと子育てをしていますし、
同じようにたくさんの子供たちを、ちゃんと立派に育て上げました。
ここに働く未婚のホステスさんたちだって、
やがては子を産みそれを育てあげる、同じ桐生の女です。
ここはひとつ女たちが手を組んで、昼と夜との共同戦線といきましょう。
世の男たちに、昼と夜の女たちが仲良くなると
いったいどんなことができるのか、どんな世の中が出来上がるのか、
目にものを見せてあげましょう。
桐生女の、本当の心意気を見せてあげようじゃありませんか』
そう言われて、ここへ乗り込むという経緯(いきさつ)になりました。
・・・という説明で、よろしいでしょうか、
八千代お姐さん?」
「はい、たいへん結構にございます。
明瞭にして、簡潔であればさらに言うことはありませんが、
まァ、混み入ったゆえ話、おおまかに意味さえわかれば充分でしょう。」
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/