落合順平 作品集

現代小説の部屋。

デジブック 『8月。最後の朝から』

2012-08-31 11:40:56 | 現代小説
デジブック 『8月。最後の朝から』

 記録的な残暑が続く群馬でも、朝夕は格段に涼しくなり、秋の気配も漂い始めてきました。
実りの秋の足音は、もうすぐそこまでやってきています


「舞台裏の仲間たち」(9)   第二章(4)茜の秘密

2012-08-31 10:50:31 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(9)
  第二章(4)茜の秘密




 髪の毛を見るも無残なほどに、潮風にかき乱された茜が、やっと、追いかけていく私の方を振り返りました。
震えながら近づいて来て、そのまま私の胸へ顔をうずめると、「助かったァ~、」と、体重ごと密着をしてきました。
上着を被せ、マフラーを巻きつけてあげました。
ありがとうと言いながら、氷のような茜の指先が、私の頬まで伸びてきました。


 「冷たかったなぁ~
 死ぬかと思った。
 ほら、指先までこんなだもの・・・」



 「無茶するなよ、一月の太平洋だぜ。
 薄着のまんまで飛び出したりして、風邪をひいても知らないぜ。」


 ツンとすましたいつもの茜の瞳が、挑むような雰囲気を帯びて、上目使いで私の顔を見上げてきました。
何か深い訳がある時に、茜が決まって見せる癖の一つです。
どこかで同意を求めているくせに、人見知りをし過ぎているあまり、立ち往生をして、ぎこちなくなっている
茜がそこにいました。




 「いいじゃない。
 私がどうこうなろうが、
 今の、石川君には
 全然、関係の無い話です。」


 「そう、へそを曲げるなよ。
 ただ心配だから、上着を持って来ただけさ。
 この冷たすぎる太平洋の潮風だもの、
 身体を冷やすと、あとで良くないぜ。
 もう少し歩くにしても、
 身体のためだ、
 上着だけでも羽おっておけよ。」


 

 「ありがとう、それもそうだわね。
 たしかに、今は肝心なんだ。
 母体なんだもの、余計に用心をしないとね。
 身体はしっかり、
 いたわらないとねぇ・・・」


 「え?
 それってお前・・・もしかして、
 まさか、
 妊娠してるっていうことか?」



 「うん、妊娠、11週目。
 別れた男の、置き土産。
 まさかと思っていたけど、先日の検査で確定した。」




 「わかった。
 ・・・事情はともかく、ここじゃあまずい。
 とりあえず車に戻って温かくしょう、
 ほら、俺の上着も使えよ。」



 「事情は聞かないの?
 石川くんって、優しすぎるんだもの。
 何でそんなに優しくするの
 茜が、こんな女なのに。」



 応える代わりに、茜の背中を抱きかかえたまま、冷やさないようにして、
ひとまず車まで戻ることを決めました。



 「過激な話をしすぎたもんな、
 胎教にだって良くないさ。
 おまえ、もしかして、つわりか?・・・」



 「10週目からは、特にひどくなった。
 ご飯を食べるのも大変。
 いやだ~、
 いったい何の話をしているのよ、私ったら。
 全部、白状しちゃったじゃないの。
 いまさら、どうにもならないことだけど。」


 「兎に角、戻ろう。
 冷やすなよ、身体だけは。」

 背中を押していた手が、急に重くなりました。
茜が、砂浜のはずれで棒立ちになってしまったせいでした。
どうしたの、と声をかけると今度は顔をうつむけてしまいました。
ぐるぐる巻きをしたマフラーの隙間からは
強風にあおられて、好き勝手に乱れる茜の黒髪しか見えません。

 やがて、潤んだ茜の両眼が
やっとの想いで私の顔を見上げてきました。

 「もう少しだけ、海を見ていても良い?
 迷惑ばっかりかけるけど、
 もうすこしだけ、私に付き合って。」

 「いいよ。
 そのかわり、風邪だけは引くなよ。」


 「ならさぁ・・・しっかりと、私を温めて。」



 大海原へと身体の向きをかえた茜をその背後から、抱きしめる形になってしまいました。
もう一度マフラーを巻き直してやるために、はだけかけたいた上着の襟を整えていると
茜の冷たい指先が、私の両指に触れてきました。
そのまま茜に捕まって、冷たい耳たぶにまで誘導をされてしまいました。


 包み込むようにして、両耳を覆ってあげました。
温かい・・・と、茜がその上にさらにしっかりと自分の指を重ねます。
茜が満足そうに両眼を閉じると、またゆっくりと、すべての体重をかけて私の胸に
満足そうにもたれかかってきました。





 ■九十九里浜(くじゅうくりはま)は、
 千葉県房総半島東岸にある、刑部岬と太東崎の間の太平洋に面している、
 全長約66キロメートルの海岸のことです。
 日本の白砂青松100選と、日本の渚百選にも選定されています。