落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「舞台裏の仲間たち」(8)   第二章(3)座長の過去

2012-08-30 11:21:18 | 現代小説
アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(8)
  第二章(3)座長の過去




 重い事実を知りました。

 九十九里浜を左に見て南下を続ける車窓からはどこまで行っても、濃紺色の太平洋の大海原が続きました。
2度目に運転を交代した直後のことでした。
サングラスをかけて助手席に座った茜が、雑談の合間に、劇団が解散した頃の出来事を
ふと語りはじめました。


 離婚調停中のちづるの夫が、座長だったというのは、実は初耳です。
さらに最近になってから、座長と時絵が接近しつつあるという話題にも触れてしまいました。


 「茜ちゃんは、平気なの?
 ずいぶんと微妙で厄介な話だけど、
 世間ではよくある、人間関係のもつれかな。」



 「茜、でいいわよ、
 ちゃんは、いりません。
 できたら、これからはそう呼んで。
 でもさぁ・・・よく聞く、三角関係の話とは少し違うみたい。
 姉のちずると座長の離婚話と、
 時絵さんとの再会は、完全に時間がずれているの。
 それにしても、二人に
 子供がいないということが
 不幸中の幸い、というところかしら。」



 「ふ~ん。子供はいないんだ。」



 「劇団が解散して間もなくのことだったかしら。
 時絵さんが、遠くで結婚式をあげたという話を聞いてから間もなく、
 姉が強引に言い寄って、押しかけ女房そこのけで、
 座長を口説き落としたの。」


 「え、そうなの?・・・知らなかったな。」




 「当然よ。
 二人は結婚するとすぐに、
 座長の仕事の関係で日立に新居を構えたの。
 座長は技術系の職人さんで、
 機械加工の仕事だと聞いたけど、詳しい事は知らないわ。
 第一、10年近くも姉とは行き会っていないもの。」


 「じゃあ姉さんは、いまどこに?」



 「日立でそのまま暮らしてる。
 座長は、半年前に桐生へ戻ってきた。
 帰ってきてすぐに、一度だけ座長が私に電話をくれたわ。
 離婚することになるかもしれないって・・・
 でも姉のちづるからは、いまだかって
 一度も、そんな話は聞こえてこなかったのに。」




 「時絵ママは?」


 「2年前だった。
 旦那さんとは死に別れて戻ってきたの。
 でも、ず~と水商売ばかりだって言ってなぁ・・・
 たまたま、本町通りで行き会ったのよ。
 お互いに似た人だなぁって思いながら、一度は気にしたものの、
 そのまますれ違いになってしまったの。
 でもねぇ不思議なことに、
 その30分後にまた、ばったりと出会ったのよ、
 何処だと思う?
 民芸がやって来るという、地方公演のポスターの前よ。
 私が立ち止まって見ていたら、
 同時に反対側から歩いて来た人が、同じように
 止まってポスターを覗きこんだの。
 顔をあげたとたんにお互いに見つめあって、思わず二人で大笑いをしたわ。
 あ・・・ねぇ・・・
 止めて、車。」



 気分が悪くなったのか、急停止をさせた車から転げるようにして降りた茜は、
すぐ目の前に見える松林の中へ急ぎ足で消えてしまいました。

 前後を見回すと、すぐ反対側にバス停がありました。
その横へ車が2~3台置けそうな空き地が見えたので、そこへ車を止めてから急いで茜の後を追いました。
海に面した防風林からは、白い砂浜がどこまでも広がっていました。


 茜がその白砂の彼方を歩いているのを見つけた瞬間に、
この寒さの中で、上着を車に残したままセーター姿で降りたことを、瞬間的に、何故か思い出しました。
もう一度、茜が歩いている位置を再確認してから、車へと戻り、茜の上着を持ち私も着込んでから、ゆっくりとまた
防風林へと向かいました。


 防風林の松林を抜けると、白い砂浜の先には、いきなり、鈍く光りながら
とてつもない広さを見せつける太平洋の大海原が、ひらけてきました。
海から吹きつけてくる強い風には、足元の砂粒まで飛ばしそうな勢いがこめられていました。






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