アイラブ桐生Ⅲ・「舞台裏の仲間たち」(8)
第二章(3)座長の過去
重い事実を知りました。
九十九里浜を左に見て南下を続ける車窓からはどこまで行っても、濃紺色の太平洋の大海原が続きました。
2度目に運転を交代した直後のことでした。
サングラスをかけて助手席に座った茜が、雑談の合間に、劇団が解散した頃の出来事を
ふと語りはじめました。
離婚調停中のちづるの夫が、座長だったというのは、実は初耳です。
さらに最近になってから、座長と時絵が接近しつつあるという話題にも触れてしまいました。
「茜ちゃんは、平気なの?
ずいぶんと微妙で厄介な話だけど、
世間ではよくある、人間関係のもつれかな。」
「茜、でいいわよ、
ちゃんは、いりません。
できたら、これからはそう呼んで。
でもさぁ・・・よく聞く、三角関係の話とは少し違うみたい。
姉のちずると座長の離婚話と、
時絵さんとの再会は、完全に時間がずれているの。
それにしても、二人に
子供がいないということが
不幸中の幸い、というところかしら。」
「ふ~ん。子供はいないんだ。」
「劇団が解散して間もなくのことだったかしら。
時絵さんが、遠くで結婚式をあげたという話を聞いてから間もなく、
姉が強引に言い寄って、押しかけ女房そこのけで、
座長を口説き落としたの。」
「え、そうなの?・・・知らなかったな。」
「当然よ。
二人は結婚するとすぐに、
座長の仕事の関係で日立に新居を構えたの。
座長は技術系の職人さんで、
機械加工の仕事だと聞いたけど、詳しい事は知らないわ。
第一、10年近くも姉とは行き会っていないもの。」
「じゃあ姉さんは、いまどこに?」
「日立でそのまま暮らしてる。
座長は、半年前に桐生へ戻ってきた。
帰ってきてすぐに、一度だけ座長が私に電話をくれたわ。
離婚することになるかもしれないって・・・
でも姉のちづるからは、いまだかって
一度も、そんな話は聞こえてこなかったのに。」
「時絵ママは?」
「2年前だった。
旦那さんとは死に別れて戻ってきたの。
でも、ず~と水商売ばかりだって言ってなぁ・・・
たまたま、本町通りで行き会ったのよ。
お互いに似た人だなぁって思いながら、一度は気にしたものの、
そのまますれ違いになってしまったの。
でもねぇ不思議なことに、
その30分後にまた、ばったりと出会ったのよ、
何処だと思う?
民芸がやって来るという、地方公演のポスターの前よ。
私が立ち止まって見ていたら、
同時に反対側から歩いて来た人が、同じように
止まってポスターを覗きこんだの。
顔をあげたとたんにお互いに見つめあって、思わず二人で大笑いをしたわ。
あ・・・ねぇ・・・
止めて、車。」
気分が悪くなったのか、急停止をさせた車から転げるようにして降りた茜は、
すぐ目の前に見える松林の中へ急ぎ足で消えてしまいました。
前後を見回すと、すぐ反対側にバス停がありました。
その横へ車が2~3台置けそうな空き地が見えたので、そこへ車を止めてから急いで茜の後を追いました。
海に面した防風林からは、白い砂浜がどこまでも広がっていました。
茜がその白砂の彼方を歩いているのを見つけた瞬間に、
この寒さの中で、上着を車に残したままセーター姿で降りたことを、瞬間的に、何故か思い出しました。
もう一度、茜が歩いている位置を再確認してから、車へと戻り、茜の上着を持ち私も着込んでから、ゆっくりとまた
防風林へと向かいました。
防風林の松林を抜けると、白い砂浜の先には、いきなり、鈍く光りながら
とてつもない広さを見せつける太平洋の大海原が、ひらけてきました。
海から吹きつけてくる強い風には、足元の砂粒まで飛ばしそうな勢いがこめられていました。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
第二章(3)座長の過去
重い事実を知りました。
九十九里浜を左に見て南下を続ける車窓からはどこまで行っても、濃紺色の太平洋の大海原が続きました。
2度目に運転を交代した直後のことでした。
サングラスをかけて助手席に座った茜が、雑談の合間に、劇団が解散した頃の出来事を
ふと語りはじめました。
離婚調停中のちづるの夫が、座長だったというのは、実は初耳です。
さらに最近になってから、座長と時絵が接近しつつあるという話題にも触れてしまいました。
「茜ちゃんは、平気なの?
ずいぶんと微妙で厄介な話だけど、
世間ではよくある、人間関係のもつれかな。」
「茜、でいいわよ、
ちゃんは、いりません。
できたら、これからはそう呼んで。
でもさぁ・・・よく聞く、三角関係の話とは少し違うみたい。
姉のちずると座長の離婚話と、
時絵さんとの再会は、完全に時間がずれているの。
それにしても、二人に
子供がいないということが
不幸中の幸い、というところかしら。」
「ふ~ん。子供はいないんだ。」
「劇団が解散して間もなくのことだったかしら。
時絵さんが、遠くで結婚式をあげたという話を聞いてから間もなく、
姉が強引に言い寄って、押しかけ女房そこのけで、
座長を口説き落としたの。」
「え、そうなの?・・・知らなかったな。」
「当然よ。
二人は結婚するとすぐに、
座長の仕事の関係で日立に新居を構えたの。
座長は技術系の職人さんで、
機械加工の仕事だと聞いたけど、詳しい事は知らないわ。
第一、10年近くも姉とは行き会っていないもの。」
「じゃあ姉さんは、いまどこに?」
「日立でそのまま暮らしてる。
座長は、半年前に桐生へ戻ってきた。
帰ってきてすぐに、一度だけ座長が私に電話をくれたわ。
離婚することになるかもしれないって・・・
でも姉のちづるからは、いまだかって
一度も、そんな話は聞こえてこなかったのに。」
「時絵ママは?」
「2年前だった。
旦那さんとは死に別れて戻ってきたの。
でも、ず~と水商売ばかりだって言ってなぁ・・・
たまたま、本町通りで行き会ったのよ。
お互いに似た人だなぁって思いながら、一度は気にしたものの、
そのまますれ違いになってしまったの。
でもねぇ不思議なことに、
その30分後にまた、ばったりと出会ったのよ、
何処だと思う?
民芸がやって来るという、地方公演のポスターの前よ。
私が立ち止まって見ていたら、
同時に反対側から歩いて来た人が、同じように
止まってポスターを覗きこんだの。
顔をあげたとたんにお互いに見つめあって、思わず二人で大笑いをしたわ。
あ・・・ねぇ・・・
止めて、車。」
気分が悪くなったのか、急停止をさせた車から転げるようにして降りた茜は、
すぐ目の前に見える松林の中へ急ぎ足で消えてしまいました。
前後を見回すと、すぐ反対側にバス停がありました。
その横へ車が2~3台置けそうな空き地が見えたので、そこへ車を止めてから急いで茜の後を追いました。
海に面した防風林からは、白い砂浜がどこまでも広がっていました。
茜がその白砂の彼方を歩いているのを見つけた瞬間に、
この寒さの中で、上着を車に残したままセーター姿で降りたことを、瞬間的に、何故か思い出しました。
もう一度、茜が歩いている位置を再確認してから、車へと戻り、茜の上着を持ち私も着込んでから、ゆっくりとまた
防風林へと向かいました。
防風林の松林を抜けると、白い砂浜の先には、いきなり、鈍く光りながら
とてつもない広さを見せつける太平洋の大海原が、ひらけてきました。
海から吹きつけてくる強い風には、足元の砂粒まで飛ばしそうな勢いがこめられていました。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/