落合順平 作品集

現代小説の部屋。

デジブック 『睡蓮の水辺にて』

2012-08-09 10:49:32 | 現代小説
デジブック 『睡蓮の水辺にて』


 2日続けて、早朝のサイクリングです。
今日は水辺から、昨始めた睡蓮を紹介します。
また、帰り道の水田では、コメが白い花をつけ始めているのを見つけました。


「レイコの青春」(33) 信じられない出来事(7)差し込む光

2012-08-09 09:46:31 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(33)
信じられない出来事(7)差し込む光





 「どうしたのさ。
 傘も持たずに来るなんて、美千子らしくないわね。
 こんな天気だというのに・・」


 「持っているわよ、傘くらい。」


 美千子はうつむいたまま、ぽつりと応えました。
背後から顔を覗きこもうとするレイコの目線を、さらりと避けます。
顔をそむけた美千子は、手のひらで目がしらを抑えます。



 「駄目、レイコ。
 わたしったら、今、泣いているんだから、顔は見ないで。
 何が有ったって、今まで私は泣かずに我慢をしてきた。
 強いだけが取り柄の美千子がだもの、
 それなのに、なぜか今日だけはどうしても涙が止まんない。
 ううん、そうじゃない。泣いてなんかいないわよ。
 濡れているのは、雨粒のせい。」


 「そう・・・・
 美千子の涙は、小さな雨の粒なんだ。
 私は駄目。私は泣きむしすぎるから、ほら・・・・
 ずっと大粒のまま。」




 「・・・・」


 「来てくれてありがとう、美千子。
 きっと喜んでいると思うわ、園長先生も。」




 「ごめんね、レイコ。
 まだまだ私には、時間がかかりそう。
 みんなのところへ、顔を出す勇気が全然、湧いてこないのよ。
 ぽっかり空いてしまった心の穴は、まだ塞がってくれる気配がないの。
 何なんだろう、この空しさって・・・・
 綾乃には、申しわけない母親のままだった。
 大好きだった園長先生にも、何も言えないうちに逝ってしまった。
 それなのに、わたしの心は、おまだに固まったままなのよ。
 何がわだかまっているんだろう・・・・
 それがいまだに解らない。
 悔しいよ、レイコ・・・
 あれから、なにひとつ、何も解決できていない自分がいるの。
 動き出すことが出来ずに、泣いているだけの自分がいるの。
 悶々としているだけの私自身が
 今も一番、悔しい。」



 美千子が乱暴に、こぶしで目じりをこすりあげます。
レイコが肩越しに、綺麗に折りたたんだハンカチを手渡しました。




 「いいわよ、それをあんたの涙でべちゃべちゃにしても。
 使って頂戴。遠慮はしないでね。
 あんたの大好きな、ハローキティちゃんのハンカチです。」


 「こんなときに・・・なに馬鹿なことを言ってんのさ。
 レイコの意地悪。」




 「やっと笑ってくれたわね。
 少し反則技だけど、やっぱり奥の手は効くわねぇ~、うふふ。
 美千子のハローキティちゃん好きは、とにかく有名だもの。
 いい大人になったというのに、
 いまだにキティちゃんにべったりだなんて、笑っちゃうわ。」




 答える代わりに、美千子の力の入っていないこぶしが
2度、3度とレイコの背中を叩きます。
その瞬間でした。



 周囲の木立ちを、突然の風が吹き抜けていきました。
激しく揺さぶられた木の枝からは、たくさんの水滴が落ちてきます。
舞い落ちてくる木の葉とともに、地面を激しく叩き始めました。
砕け散る水滴で、二人の足元は真っ白に変わります。
驚いたレイコが、傘を差し出したまま、これ以上はないほどに、
美千子の背中へ密着をしてしまいます。
あっというまの出来事でした。


 墓地を取り囲む老木たちから、すべての水滴をたたき落とした突風は、
さらに丘陵地の斜面を駆け下りていきます。
その先にある、雨雲の下で暗く沈んでいる市街地の中を
強い雨と風が駆け抜けていきました。



 ずぶぬれになった傘の水滴をレイコが、クルクルと振り払います。
ゆっくりと傘を閉じながら、その上空を見上げました。
あいかわらずの雨雲が、風に追われて西から東へ急いで流れていくのが見えます。
いつもの、夕日が落ちる丘陵地の方向へ視線を向けたレイコが、
何かを見つけて、小さな歓声をあげました。



 「見て、美千子。
 園長先生の、天使の階段!」



 「え?。」



 レイコが指をさします。
そこだけ、雨雲が、薄くなりかけていました。
周囲が黄金色に輝いた雲の隙間から、もうまもなく落陽まじかの、
淡く黄色い陽の光が差し込んできました。



 雨雲に覆われたまま、まだうす暗い市内地へ向かって
光の帯が、ひと筋の道のように伸びてきました。
美千子も思わず、小さく歓声をあげました。



 「・・・ありがとうね、レイコ。
 毎朝のメッセージ、とても心強かった。
 同じ時間にやって来て、いつも同じ場所に立ち止まって、
 いつもと同じように、私の家を見降ろしてくれていたわよね。
 そのことに、随分経ってからやっと気がついたときは、
 私は、涙が出るほど嬉しかった。」




 「あれはたまたまの、通り道だわ」



 「嘘おっしゃい、レイコ。
 私は生まれも育ちもあんたと同じ、ここの下町の育ちです。
 あんたが通勤で乗るのは、天満宮のバス停でしょう。
 山の手通りの南にある、私の家を見降ろすためには、
 バス停を二つ以上も歩く必要があるし、
 そのうえ、反対周りのバスに乗って遠回りをしてから
 会社へ行くはずになるわ。
 しかも、憎たらしいほど正確に、
 毎日決まった時間に同じ場所に立つなんて・・・
 そんなことが出来るのは、あんたくらいだわよ、
 そんな、おせっかいができるのも。」




 「ごめんね・・・・やっぱり迷惑だったかしら。」



 「ううん、そんなことはないさ、レイコ。
 いままでで一番嬉しい、あんたからの迷惑だ。
 あんたと友達でいられたことを、私はつくづく感謝をしたわ。
 毎朝、毎朝、同じ時間を歩いてくれたんだもの・・・
 あんたの気持ちは、しっかりと受け止めた。
 でもさァ・・・レイコ。
 まだ、まだ駄目なんだよ、あたしは。
 心の整理がつかないままで、
 ぐずぐずしているだけの、意気地無しのままなんだ。
 情けなくてごめんねぇ、こんな友達で」



 「何言ってんのさ。
 もう園長先生には届いているわよ、あんたの気持。
 幸子や、靖子もきっと解って居ると思う。
 でもさぁ・・・
 どうしても、なにがあっても乗り越えていきたいよね、私たち。
 あんたの綾乃ちゃんのためにも、
 わたしたちの大好きな園長先生のためにも。
 みんなが、認可保育園を心から待っているんだもの、
 停まってなんか、いられないわよね。」



 「・・うん。」







・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/