落合順平 作品集

現代小説の部屋。

「レイコの青春」(36) 認可保育園への道(3)美千子の告白は・・・

2012-08-12 09:46:09 | 現代小説
(続)アイラブ桐生・「レイコの青春」(36)
認可保育園への道(3)美千子の告白は・・・





 「何から話そうか・・・
 いやになるほどに、懺悔ばかりの話になってしまうけど。」

 黒目がちの目を伏せると、美千子の長いまつげは、よく目立ちます。
美千子が遠い記憶を辿りながら、自分語りをはじめました。
ほつれた髪を後ろへ、美千子が何気なく掻き揚げます。
ちらりと見えたその白い首筋は、女でもドキッとするほどの大人の色香が宿っています。
それを見つけたレイコも、思わず頬を染めてしまいました。



 「親からの、おしきせのような生き方に反発をして、
 ボーリング場へ入り浸るようになったのは、私が18になった頃だった。
 それからは私を取り巻く環境が一変して、急激に動き始めたわ。
 男たちが、とにかく次から次にと寄ってきた。
 仕事が終わったあとには、真夜中の海へ、車で暴走したこともよくあった。
 ・・・でも、誤解はしないでょ、レイコ。
 遊び回ったのは事実だけど、貞操だけは、しっかりと守ったわ。
 そういうのが目的で、甘い言葉で言い寄ってくる男はたくさんいたけど
 全部まとめて、却下してやりました。
 あの頃は・・・」



 「あの頃は・・?」



 「若い男たちなんか、それだけが目当てなのよ。
 子供や家庭が欲しいわけではなく、ただ女の子と遊びたいだけなのよ。
 それが解っていたというくせに、結局、私自身も遊び始めてしまったの・・・
 成人式の前にはもう、最初の子、翔太が生まれていたの。
 自分ではしっかりしているつもりでも、
 節操のない暴走や遊びに慣れ過ぎて、
 堕落するまでが、けっこう早かったということかしら。
 その先に待っていたのは、
 世間でもお決まりの、転落コースそのものだった。」



 「そうなんだ。
 美千子にとって、お仕事で水商売の世界へ入ったということは、
 あなたの人生そのものが、すでに
 転落コースへ落ちてしまった、という意味になるわけね。」



 「本当に・・・
 言いにくい事を、遠慮もせずに、
 はっきりという娘だわねぇ、レイコって。
 手っとり早く、女が大金を稼ぐためには水商売の世界が、
 最適だったという意味なのよ。」




 「大金が必要だった訳なのね、でもなんのために?」



 「いちいち気に障るわねぇ、レイコのその聞き方は。
 あんたって、ほんとは、優しくない女でしょ、本性は。
 暴走するための車や、若いものたちが夜遊びにふけるためには
 それ相当のお金がかかるものなの。
 これはと思って一緒になった、最初の旦那も、
 一皮むいたら、とんでもない遊び人だった。
 言われるままにお金を都合していていたら、いつのまにか、
 どっぷりと水商売の世界に浸かってたわ。
 でもそいつときたらは、夜明けに、別の女を車に乗せて、
 つまらない交通事故に巻きこまれて、あたしと翔太を残して、
 あっというまに死んじゃった・・・
 それが、あたしの最初の男だった。」



 「二人目は?」



 「あんたねぇ・・・
 私のプライバシーが、ボロボロになるまで全部詳しく聞きたいわけなの?
 私がしゃべると言い始めたんだから、それもまた仕方がないことか。
 まぁ・・・そんなこともあったけど、
 二度目はそんなことには、絶対にならないようにと、
 上手く男を見つけて、二度目の所帯を持ったけど、
 結果は、似たかよったかで、また同じ事の繰り返しだった。
 それが綾乃の父親よ。
 どう、これでいい?
 もう、気が済んだでしょう。」



 口惜しそうに、苦笑いをしながら、
美千子が指先で、左右の目尻をぬぐいました。



 「そうじゃないのよ・・・
 私が本当に聴いてほしいのは、それから先の話なの。
 これからが、本題なのよ、レイコ。
 翔太の時もそうだったけど、
 綾乃の時には、もう、私の子育ての悩みは限界だった。
 それでも私は、自分に渇を入れながらひたすら必死に働いて、
 子育てをしていくつもりではいたの。
 すくなくとも、なでしこの園長先生と出会う前までは、
 自分でも、そう思い込んでいた。
 いいえ、そう言い聞かせながら働き続けてきた。」




 短いため息を漏らした美千子が、両肩を緩めます。
膝に置いたノートの上では、細く白い指が上下に動いて、そっと組み替えられます。
美千子の視線がレイコの顔からは、離れました。
部屋の壁をなぞり、さらに窓の外へ抜け、やがて遠い彼方を見つめはじめました。



 「綾乃が亡くなってから今日までずっと、
 やはり、私は産むべきじゃなかったと後悔をしつづけていた。
 翔太の時もそうだったけれど・・・。
 綾乃の時にはもう、自分で育てられるという自信が、実はまったく無かったの。
 もともと私は、平凡な奥さんになることだけを夢に見て生きてきた。
 勤め人と結婚をして、家で子育てをするという
 ありきたりの生き方と暮らしをするということが、わたしの人生の夢だった。
 事業家の家に生まれて、父と母の苦労する姿を見ていたころから
 自然に、そんな考え方が身についてきたのだと思う。 
 たぶん、そうなるはずだったのに。」



 「山の手のお嬢さんだったもんね、あの頃の、美千子は。」




 「今度は、なでしこの園長先生に頼りっきりで
 ほとんど、子供を預けっぱなしにしたまま仲町で働らき続けた。
 たまの休日にも、ただ家の中で子供たちと
 ぼんやりと、何もする気が無くて過ごしているだけだった。
 そんな日々ばっかりが延々と続いていたの。
 でも、私の心の中ではいつだって、何かが違う、何かが違うって、
 ず~と、悲鳴をあげつづけていた。」


 「どうして・・・
 美千子は、女手一つでちゃんと頑張っているじゃないの。
 それは、わたしにもよく解る。」



 「そうじゃないのよ、レイコ。
 わたしが甘え過ぎたために、園長先生まで、
 もしかしたら、追い詰めてしまったのかもしれないのよ。
 そんな気が、今でもするの。」



 「美千子・・・」








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