つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(27) 一見(いちげん)さんお断り

「つまり。全員が一見の初心者でも、お茶屋遊びするためのレクチャーを受ければ、
営業所の全員を、老舗のお茶屋にあげてくれるということか?」
「そうどす。おなごに二言はありまへん。
馴染みのお客さんに、気持ち良く過ごしてもらう場所、それが祇園のお茶屋どす。
得体の知れない一見さんを断り、馴染みのお客さんに店の雰囲気を保証しているシステム、
それが長年守ってきた、一見さんお断りというシステムどす。
ですが最初は、どなたでも一見さんどす。
一見さんでも、馴染みのお客はんと同伴ならば入れてもらえるんどす。
けどその代り、一見さんがお座敷で起こした不具合は、そのすべての責任を、
同伴した馴染みのお客はんが負わなければなりまへん。
そのようにして何度か通ううち、『この人ならお店の雰囲気を大事にしてくれる』と
女将が認めた場合、はじめて一人で通える様になれるんどす」
「そうか。女将が絶大な権限を持っているのか、祇園という特別な世界は・・・」
「お茶屋という場所は、不思議なところどす。
通常の商取引ではお金を払う人のほうが偉いものですが、
ここで一番偉いのはお金を払うお客はんではなく、お金をもらう女将どす。
女将が威張ってるという意味ではおへん。
女将は常にお客はんが心地よく過ごせる様、気を配っているんどす。
お客はんが道を踏み外しそうになると、注意を促します。
まるで、親が子供を叱る様どすなぁ。
女将とお客はんとの間に、商売以上の信頼関係が有るからこそできる事どす。
信頼関係がある以上、女将はお客はんを身内と思って接します。
ゆえにお客はんは、そこを居心地良く感じるのどす」
「なるほど。お茶屋がそういう特別な場所で有ることは、よくわかった。
君が、みんなをお茶屋にあげるための保証人になってくれるわけだ。
そのために、事前のレクチャーが必要になるということだな」
「そういうことになりますなぁ。
青い伯爵夫人のエンジンでは、みなさん、格別に頑張っていただきました。
おかげで車は、今でも元気に走っております。
ウチは恩義を感じとりますが、けど、お茶屋は別世界どす。
同期とはいえ、お茶屋の女将の機嫌を損ねてしまうのでは、ウチも顏が立ちまへん。
いわば、即席の一夜漬けどす。
お座敷遊びのひとつくらいを身に着けてからでないと、芸妓さんと遊べまへん。
あとですなぁ、浮気者も祇園ではおおいに嫌われます」
「男女の間でも、浮気者は嫌われるさ。
祇園にも、それと同じような考え方が有るということか?」
「花街に、『ほうきのかみ』と呼ばれる言葉があんのどす。
あの人は『ほうきのかみ』だと噂されれば、その人は祇園で既に死んでます。
一つの花街でお付き合いできるお茶屋さんは一軒だけ、というルールがあるからどす。
ルールを破り、複数のお茶屋と付き合う人を『ほうきのかみ』と言い嫌われます。
花街は信用の社会ですから、ルールを破れば信用は失墜します。
当然。それなりの扱いを受ける事にもなりますなぁ」
「一つの花街でお付き合いが出来るのは、ひとつのお茶屋さんだけなのか。
窮屈過ぎないかい。もっとオープンにして自由にお茶屋に出入りさせたほうが、
花街が活性化するような気もするが?」
「何故、このようなルールがあるのかは定かでおへん。
花街の芸妓や舞妓のデリバリー・サービスに、意味があんのだと思われます。
たとえばクラブにお目当ての女性がいるとしたら、お客はんは
そのクラブへ足を運ばななりへん。
他にも好みの子がいるとすれば、その子の居るクラブへハシゴする事になります。
けど、花街の場合は違います。
気に入った妓は、どこの屋形に所属する妓であろうとお茶屋へ呼べば済む話どす。
花街では、お茶屋をハシゴする必要が無いんどす。
このルールは、長い歴史の中で、先人達が培ってきた伝統なんどす。
とはいえ、「浮気は○○○の甲斐性」などと言われておます。
皆さん。実は、こっそり励んでおられるのではないでしょうか。うふふ」
(28)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(27) 一見(いちげん)さんお断り

「つまり。全員が一見の初心者でも、お茶屋遊びするためのレクチャーを受ければ、
営業所の全員を、老舗のお茶屋にあげてくれるということか?」
「そうどす。おなごに二言はありまへん。
馴染みのお客さんに、気持ち良く過ごしてもらう場所、それが祇園のお茶屋どす。
得体の知れない一見さんを断り、馴染みのお客さんに店の雰囲気を保証しているシステム、
それが長年守ってきた、一見さんお断りというシステムどす。
ですが最初は、どなたでも一見さんどす。
一見さんでも、馴染みのお客はんと同伴ならば入れてもらえるんどす。
けどその代り、一見さんがお座敷で起こした不具合は、そのすべての責任を、
同伴した馴染みのお客はんが負わなければなりまへん。
そのようにして何度か通ううち、『この人ならお店の雰囲気を大事にしてくれる』と
女将が認めた場合、はじめて一人で通える様になれるんどす」
「そうか。女将が絶大な権限を持っているのか、祇園という特別な世界は・・・」
「お茶屋という場所は、不思議なところどす。
通常の商取引ではお金を払う人のほうが偉いものですが、
ここで一番偉いのはお金を払うお客はんではなく、お金をもらう女将どす。
女将が威張ってるという意味ではおへん。
女将は常にお客はんが心地よく過ごせる様、気を配っているんどす。
お客はんが道を踏み外しそうになると、注意を促します。
まるで、親が子供を叱る様どすなぁ。
女将とお客はんとの間に、商売以上の信頼関係が有るからこそできる事どす。
信頼関係がある以上、女将はお客はんを身内と思って接します。
ゆえにお客はんは、そこを居心地良く感じるのどす」
「なるほど。お茶屋がそういう特別な場所で有ることは、よくわかった。
君が、みんなをお茶屋にあげるための保証人になってくれるわけだ。
そのために、事前のレクチャーが必要になるということだな」
「そういうことになりますなぁ。
青い伯爵夫人のエンジンでは、みなさん、格別に頑張っていただきました。
おかげで車は、今でも元気に走っております。
ウチは恩義を感じとりますが、けど、お茶屋は別世界どす。
同期とはいえ、お茶屋の女将の機嫌を損ねてしまうのでは、ウチも顏が立ちまへん。
いわば、即席の一夜漬けどす。
お座敷遊びのひとつくらいを身に着けてからでないと、芸妓さんと遊べまへん。
あとですなぁ、浮気者も祇園ではおおいに嫌われます」
「男女の間でも、浮気者は嫌われるさ。
祇園にも、それと同じような考え方が有るということか?」
「花街に、『ほうきのかみ』と呼ばれる言葉があんのどす。
あの人は『ほうきのかみ』だと噂されれば、その人は祇園で既に死んでます。
一つの花街でお付き合いできるお茶屋さんは一軒だけ、というルールがあるからどす。
ルールを破り、複数のお茶屋と付き合う人を『ほうきのかみ』と言い嫌われます。
花街は信用の社会ですから、ルールを破れば信用は失墜します。
当然。それなりの扱いを受ける事にもなりますなぁ」
「一つの花街でお付き合いが出来るのは、ひとつのお茶屋さんだけなのか。
窮屈過ぎないかい。もっとオープンにして自由にお茶屋に出入りさせたほうが、
花街が活性化するような気もするが?」
「何故、このようなルールがあるのかは定かでおへん。
花街の芸妓や舞妓のデリバリー・サービスに、意味があんのだと思われます。
たとえばクラブにお目当ての女性がいるとしたら、お客はんは
そのクラブへ足を運ばななりへん。
他にも好みの子がいるとすれば、その子の居るクラブへハシゴする事になります。
けど、花街の場合は違います。
気に入った妓は、どこの屋形に所属する妓であろうとお茶屋へ呼べば済む話どす。
花街では、お茶屋をハシゴする必要が無いんどす。
このルールは、長い歴史の中で、先人達が培ってきた伝統なんどす。
とはいえ、「浮気は○○○の甲斐性」などと言われておます。
皆さん。実は、こっそり励んでおられるのではないでしょうか。うふふ」
(28)へつづく
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