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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (35)宴会が始まる

2015-05-11 09:13:48 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(35)宴会が始まる




 一番広い16畳の座敷に、ずらりと膳が並んでいる。
12名の男たちの宴席へ2人の舞妓につづいて、芸妓が3人入って来た。
いずれも恵子の置屋、『市松』の在籍者だ。


 お茶屋のお座敷は、陰で女将が采配を振る。
幹事はただ、当日の意向を女将に伝えておくだけでいい。
あとのことは女将がすべて責任をもち、臨機応変に対応してくれる。
酒はお茶屋に置いてある。料理はすべて祇園の老舗仕出し屋から届けられる。
温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに、食感を失わない
絶妙のタイミングで、お座敷へ運ばれてくる。


 舞妓が定番の京舞をひとつ舞う。
つづけて芸妓が、優雅な舞いを2つ披露するころには、緊張していた男たちも、
リラックスした雰囲気になって来る。
恵子は、幹事席に座る勇作のすぐ脇に『あたしの居場所』とばかりに、
きわめて優雅に腰を下ろす。
『はい、どうぞ』勇作に酌をする恵子の様子は、幹事に気を遣う姿ではなく、
時々座敷の様子を見に来る多恵の視線から、勇作を守っているようにさえ見える。



 (所長の椎名さんは盗られても構いませんが、あなたまで盗られたら
 すずさんに、合わせる顔がありません。うふふ・・・)
勇作にぴたりと寄り添った恵子が、涼しい顔で周りに笑う。
置屋の女将がお座敷で、一般客の傍にピタリと寄り添うのは、異例のことだ。



 30分ほどが経った頃。
所長の椎名が芸妓の肩に手を置いて、ふらりと席を立った。
『あら・・・』恵子の目が、席を立っていく椎名の背中を注意深く見つめる。
(何か有ってからでは遅すぎます。様子を見てまいります)
小声で勇作へささやいた恵子が、廊下へ消えていく椎名の後を追う。


 お茶屋では、数組の客が入った場合、かならず隣の部屋を空室にする。
客の話声や、部屋での騒ぎが外へ漏れないようにするためだ。
鉢合わせを防ぐための配置だが、ただひとつだけ、手洗いが共有の場になる。
手洗いに行ったとき、合わせては不味い客同士が、顔を合わせしまう危険性が有る。
先に動き、手洗いの安全性を確認しておくことも、お茶屋で呑ませる時の
配慮のひとつだ。


 だが、時はすでに遅かった。
ふらりと廊下に出た椎名の前に、4人の男が立ちふさがった。
30分ほど時間をずらし、奥の部屋へ案内されてきた別の男たちのグループだ。


 「よお・・・珍しいなぁ。
 誰かと思えば、ライバルの日野自動車、椎名所長じゃないか」


 「あ、三菱ふそうトラックのお歴々。
 奇遇ですねぇ。こんなところで、ばったりと顔を合わせるなんて」



 「それはこっちの言いたいセリフだ。
 俺たちはこの池田屋が、祇園で酒を飲むときの定宿(常連の意味)だ。
 だがここで日野自動車のお前さんと会うのは、初めてだな。
 誰から紹介されて此処へ来た。
 一見さんでは、老舗のここへは上げてもらえないはずだ。
 よほどの人間が紹介したと見える。
 いったい、どこのどいつだ。お前さんを此処へ紹介したのは?」



 「置屋『市松』の女将さんに口利きをお願いしました。
 祇園の初心者ばかり10人を、まとめて、ここへ連れてきてもらいました。
 身分不相応なのですが、たまには祇園で忘年会もいいだろうということで、
 30分ほど前から、この部屋で呑み始めたばかりです」


 「一見さんばかり、まとめて10人も座敷へあげたのか・・・
 凄いねぇ。荒業を使うなぁ、置屋『市松』の恵子のやつも。
 そうか。ここの多恵とは舞妓の時からの、同期の仲と言っていたなぁ。
 ということは、トラック業界の1位と2位を争うライバル関係の俺たちが、
 同じお茶屋の2階で、酒を飲むということか。今夜は・・・」

 
 不味い展開になってきましたねぇと、恵子が壁際に身体を隠す。
三菱ふそうトラックといえば、日野自動車と人気を二分するトラック業界のライバル会社だ。
ライバル会社同士が、同じお茶屋でばったり鉢合わせするとは、今夜は運が悪い。
『困ったことになって来ましたねぇ・・・』とつぶやく恵子の背後へ
『どうしたんだ。何か有ったのか?』と、勇作がのそりと顔を出した。

 


(36)へつづく



『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら