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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (29)舞妓と治外法権 

2015-05-04 11:19:30 | 現代小説
 
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(29)舞妓と治外法権 




 「市内のメイン・ストリートにひとつ。
 
 四条通りの花見小路通から、東大路通までの間には横断歩道がないんどす。
 花見小路通と東大路通の間にある祇園ホテル横の通りから、四条通リを横断したい場合、
 これがとても不便なんどす。
 横断歩道のある花見小路通まで、迂回せんといかんからどす。
 けど結構、距離があんのどすなぁ、迂回するとなると。
 お客はんはヘベレケに酔っ払っていますから、一歩でもぎょうさん歩きたくあらしまへん。
 そないなときどうするかというと、無性に渡りたくなるんどす。
 横断歩道の無いとこを。
 冷静に考えると、実に無謀な話どす。
 四条通りは、何車線もある広い通りどす。
 深夜といえども、交通量はかなり有ります。横断するのは自殺行為どすなぁ。
 けど、渡れんのどすなぁ、治外法権の舞妓なら」



 『ええ・・・』という声が、男たちの口から一斉にあがる。
『嘘やおへん。今度、舞妓を連れて試したらどうどすか。
四条通りには舞妓にしか渡れへん、見えない横断歩道が有んのどす』
舞妓2人を後ろに従えた恵子が、ニッコリと笑う。



 「何故かというと、祇園で舞妓をはねたらめっちゃくちゃ高くつく事を、
 運転しとる皆はんは、ご存知やからどす。
 酔っ払いのオッサンをはねても、お茶屋遊びをしとる旦那衆どすから、
 一歩間違えたら、大問題になるかも知れません。
 タクシーの運転手は、祇園ホテルの前に見えない横断歩道があるのを知ってんのどす。
 舞妓のまわりは、治外法権だらけどす。
 もしかしたらどすが、舞妓ならひょっとして四条河原町の交差点でも、
 斜めに渡る事がでけるかもしれませんなぁ」
 


 (治外法権と遊ぶのかよ・・・俺たちは)、男たちが顔を見合わせる。
初々しく見える出たての舞妓には、すでに大金が投じられている。
彼女たちの基礎教育のために屋形はすでに1000万を越える額を投資している。
経費は日々の生活からはじまる。
舞や三味線などの習い事、お茶お花のお稽古ごと。
すべてが一流と言われる師匠たちから、細部にわたる最高の手ほどきを受ける。



 数十万から数百万と言われる高価な衣装も、すべて置屋が自費で負担する。
1年あまりの見習い期間を経て、彼女たちは舞妓としてデビューする。
べらぼうな費用をかけて育成した人材を、間違って怪我でもさせようものなら、
途端に、高額な請求が舞い込んでくる。
祇園を走るタクシードライバーたちは、そのことを充分なまでに熟知している。



 「屋形から芸妓はんや舞妓はんを呼んだときの花代は、
 すべて、お茶屋はんが立て替えます。
 あとからお客はんに、あらためて請求する仕組みになってんのどす。
 お座敷は、ツケで遊ぶのが常識どす。 
 当日の現金払いはあらしまへん。もちろん、クレジット・カードも使えまへん。
 その日にすぐ花代幾らなんて、屋形はんが計算でけへんからどす。
 お茶屋はんからの請求書に、明細はあらしまへん。
 俗にいう総額だけを書いた、どんぶり勘定どす。
 けど、心配するほどお座敷遊びは高いことおまへん。
 東京の銀座や大阪の北新地あたりで、クラブのハシゴなんかする場合より、
頭数で割れば、よっぽど安くつくと思います」



 『おお・・・』という安堵の声が、男たちの間を波のようにひろがっていく。


 「けど、ひとつだけ注意を申し上げます。
 芸妓はんや舞妓はんにお酌して貰うと、みなはん必ず舞い上がります。
 興奮して舞妓の手を触ったり、おいど(お尻)を触ったり、抱きついたり、
 芸妓はんの鬘(かつら)や、舞妓はんの「われしのぶ」や「おふく」を
 弄(いじ)ったりしたら、えらいことになんのどす。
 じっと堪えて、眺めるだけにしてください。
 舞妓は、治外法権の中で生活しとる、別世界の生き物ですから」



 それを約束していただけるのなら、これから舞妓と一緒に
老舗のお茶屋へご案内いたしますと、女将の恵子がニッコリと笑う。


(30)へつづく


『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら