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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (37)どんちゃん騒ぎ

2015-05-13 11:26:18 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(37)どんちゃん騒ぎ




 暮れの28日になると、街に酔っ払い客の姿が増える。
12月28日が、『仕事納め』や『御用納め』の日にあたるからだ。
行政機関の休日に関する法律(昭和63年12月13日施行、法律第91号)の中で、
12月29日から1月3日までが、公務員の休日として定められた。
一般企業でも、これに準じる会社が多い。
したがってこの日になると一年の憂さを晴らそうと、おおくの勤め人が
祇園の町へ繰り出してくる。


 時間の経過とともにお茶屋の2階に、男たちの姿が溢れてきた。
呼ばなかったはずのトヨタ自動車の社員まで、いつの間にか男たちの中へ紛れ込んでいる。
16畳の宴会場から人がはみ出し、2階全体に人があふれてきた。
入りきれなくなった男たちが、廊下の真ん中で思い思いに座り込む。
此処まで来るともう人が多すぎて、誰にも収拾がつかなくなる。



 集まって来た男たちが携帯でさらにまた、別の男たちに声をかける。
京都中のトラック関係者が集まったのではないかと思うほど、つぎつぎと人がやって来る。
だが、2階へ集まって来るのは男たちだけではない。
誰が呼んだのか。お座敷を終えた舞妓や芸妓たちまで集まって来た。



 祇園のお座敷は、2時間ほどで宴席が終る。
午後の9時を過ぎると、最初のお座敷を終えた芸妓たちが屋形へ戻る。
バブルの頃なら深夜まで、掛け持ちのお座敷でてんてこ舞いした芸妓たちも
不況が続く昨今は、シングルの仕事でその日が終わる。
帰りがけの芸妓へ電話を入れると、誰もが喜び勇んで池田屋の2階へ駈け込んでくる。
『あら、あんたどこの妓や。初めてみる顔やなぁ』
『へい。鶴松んとこの、豆千代といいます。お客さんに呼ばれてきたんどすが
賑やかどすなぁ、お座敷が。今日はいったいどなたさまの集まりどすか、お姐さん』
『ウチもよう知らん。呼ばれてやって来たら、この騒ぎや・・・』



 集まって来るのは、男や、舞妓や芸妓たちだけではない。
老舗の仕出し屋から、出来たばかりの料理がぞくぞくと部屋へ届く。
『老舗の菱岩( ひしいわ)から、仕出し弁当が届いたぞ。
菱岩といえば幕末のころ、近藤勇や大久保利通、西郷隆盛も通ったという、
かの「一力亭」御用達の仕出し屋だ。
前日に予約しなければ手に入らないはずだが、良く届いたなぁ、こんな貴重なものが』
『トヨタ自動車の部長が、菱岩へ直談判の電話を入れていたそうだ』
『なに、トヨタが頑固者の菱岩を動かしたって!。負けてたまるか、トヨタなんぞに。
トヨタが菱岩から弁当を取ったのなら、ウチは茶懐石の柿傳 (かきでん)へ
電話を入れろ。予約でなければつくらないと威張るだろうが、菱岩が動いたと聞けば、
ライバル心の強い柿傳も、たぶん、絶対に動くだろう!』



 男たちは、仕事以外でもライバル心をむき出しにする。
それぞれのトラックメーカーが、それぞれ懇意にしている仕出し屋へ電話をかけまくる。
参加者が増えるたびに、老舗の仕出し屋からまた、特製の弁当が届く。
男というものは、酔うほどに見栄を張る生き物だ。
『とにかく急いで、特上仕様の仕出しをもってこい!』などと無理な注文を繰り返す。
やがて、誰も手を出さない仕出し料理が、部屋の片隅に山のように
積み上げられることになる。


 「凄いことになってきましたなぁ・・・」



 男たちが入り乱れる部屋の様子を眺めながら、恵子が傍らの勇作へささやく。
2人は危険を感じて、壁際の席まで少しづつ移動してきた。
だがここも安心できる場所ではないようだ。
油断をしていると、どこの誰ともわからない酔っ払いが『俺の酒が呑めないのか』と
2人の間へ乱入してくる。


 「避難したくてもここにはもう、これ以上、逃げるスペースは残っておりまへん。
 いったい誰が呼んだのでしょうか。これほどまでの大人数を。
 京都中のトラック関係者が、勢ぞろいしたような感さえありますなぁ・・・」


 「たまたま仕事納めで、ぜんぶ、祇園で羽根を伸ばしていたんだろう。
 ライバル同士とはいえ、同じトラック業界で苦楽をともにしている連中だ。
 どこかで気の合うところも有るんだろう。
 だがそんなことよりも、恵子。さっきの話の続きだが・・・・」


 「あら。あたしのことを、恵子と呼び捨てですねぇ。
 そんな風に呼ばれると、なんだか、心に響くものがあります、旦那様。
 はい。何でしょうか、ご用件は」


 恵子が着物の膝を崩し、しゃなりと勇作の肩へもたれかかる。
少し酔った眼で、『何が聞きたいのでしょうか、今夜のわ・た・し・に」
と勇作の顔を、最短距離から覗き込む。




(38)へつづく


『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら