落合順平 作品集

現代小説の部屋。

つわものたちの夢の跡・Ⅱ (45) 京都が都になったわけ。

2015-05-23 12:09:48 | 現代小説
つわものたちの夢の跡・Ⅱ

(45) 京都が都になったわけ。




 「美女3人を乗せて、3泊4日の南朝の旅をするのか。悪くはないね。
 だがずいぶん軽い交換条件だな。
 その程度の事で100万近い不足額を、チャラにするとはとても信じられない。
 それ以外に、何か隠していることが有るのかな」


 「1度きりとは言っておりまへん。
 これを機会に、2度3度と乗せていただければほんで済む話どす」


 「2度でも3度でも、気が済むまで乗せてやるさ、その程度でいいのなら。
 だが、仮にも老舗お茶屋の女将と、名のある置屋の女将の2人だ。
 しけたキャンピングカーで旅行なんか行かなくても、その気になればいくらでも
 豪華な旅行が出来るだろう。
 なんで俺のキャンピングカーに、目を付けたんだ?」



 「ウチ等は祇園の有名人どす。京都を脱出するまでがえらいんどす。
 旅支度を整えて、トランクをもって表に出ただけで、外野が大騒ぎをはじめます。
 新幹線に乗ろうもんなら、知り合いが次から次へ挨拶にやってきおす。
 女将と言うのは、けっこう窮屈な職業なんどす。
 密室になっているキャンピングカーなら、外から覗かれることもありまへん。
 誰に気付かれることもなう、こっそりと京都を抜け出せますからなぁ。
 そのあたりがキャンピングカーならではの、醍醐味どす」



 『なるほど。キャンピングカーの密閉された空間が、脱出の役に立つわけか』
そういう事なら、断る理由がなくなるなぁと、勇作が溜息をつく。
乗せていくのは構わないが、女が3人寄れば姦しくなる。
酔った時の醜態の凄まじさは昨夜のスナックで、すでに目の当たりに目撃済みだ。
だが100万円の帳消しは有りがたい・・・このあたりが我慢しどころだろうと、
あらためて勇作が、深い溜息をもらす。


 「それに。ウチを乗せていけば何かと役に立ちますえ。
 なにせウチは舞妓にならなければ、大学まですすんで、小学校か中学の
 歴史の先生になるのが夢だったんどすからなぁ。
 ちなみに鎌倉幕府崩落の2年後。
 信濃で北条高時(鎌倉幕府第14代執権)の遺児・時行が兵を揚げおす。
 この中先代の乱(なかせんだいのらん)がきっかけとなり、それまで共同戦線を
 歩んできた新田氏と足利尊氏の仲たがいがはじまるおす。
 後醍醐天皇が、鎌倉を占拠した時行の討伐を、足利尊氏に命じるからどす。
 これが2人の、仲たがいのはじまりおすなぁ」



 「20日間しか鎌倉を占拠できなかった、中先代の乱のことだろう。
 天皇の命を受けて鎮圧に出向くのなら、征夷大将軍の称号をよこせと
 要求した尊氏を、後醍醐天皇が拒否したいきさつがある。
 鎌倉を平定した後、上洛をうながす後醍醐天皇に背き、鎌倉に居を構えたままの足利氏が
 東国の武士たちを手なずけていった。
 腹を立てた後醍醐天皇が、新田義貞に鎌倉に居座る足利尊氏の討伐を命じた。
 こうして同じ源氏の祖を持つ2人の、宿命の対決がはじまることになる」


 「その通りどす。あんたはんもなかなか、歴史に詳しいようどすなぁ」


 「いや、君には到底かなわない。
 中先代の乱が新田氏と足利氏の決裂の機会を生んだなんて、素人ではなかなか言えない。
 ホントに歴史にも通じているんだね。置屋の女将のくせに」



 「置屋の娘に生まれると、十中八九、舞妓になる運命が待っておす。
 3つになれば、舞の稽古をはじめるのが当たり前。
 5つになると近所の謡の先生の元へ、唄と三味線の稽古に出されおす。
 小学校の九九は覚えんかて、艶めかしい小唄や川柳の歌詞はすらすらと覚えどおす。
 今から考えたら、ずいぶんとませた小学生どおす。
 そういえば、京都に都がうつされたもうひとつの理由を、ご存じどすか?」



 「794(延暦13)年の平安遷都で、京都に都がうつされたことは歴史で学んだ。
 だがもうひとつの理由は何かと問われると、答えに困る・・・
 教えてくれ。なんで奈良から京都へ、都が移されたんだ」



(46)へつづく


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