つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(43) 100万円がチャラになる?
「あれだけのぞんちゃん騒ぎどす。
そうどすなぁ。ウチが見積もっても、ざっと、これくらいの請求額に
なるんちゃいおすか」
恵子が白い指を2本、ぴょこんと立てる。
『いえいえ・・・このくらいはかかっているかもしれませんなぁ・・・』と、
さらに指をもう1本、続けて立てて見せる。
指一本、10万円ではない。桁が一つ上の、100万だ。
老舗お茶屋のお座敷ならひと宴会で軽く、ひとり当たり、3万円の費用がかかる。
参加した人数は、最終的に赤穂浪士と同数の48名に達した。
それだけでも、150万円ほどの支払い額になる。
呼ばれた舞妓と芸妓の花代は、これとはまた別の勘定になる。
花代も、いろいろと相場が有る。
一見さんが業者に紹介してもらった場合、2時間で4万7千円というのが一般的だ。
別に手数料として、2万円の謝礼がかかる。
お茶屋の常連客だともう少し安くなるが、それでも2万5千円から
3万5千円程度は、花代として必要になる。
昨夜。池田屋の2階に集まって来た舞妓と芸妓の数は、最終的に20名。
2時間という、ひと宴会の枠を全員が超えた。
長い芸妓はさらに、3時間近くも時間を超過している。
当然のことながら支払う額は、時間とともにうなぎ上りに高騰していく。
追加として、60人前の仕出し料理がお茶屋に届いている。
安いものでも3千円。平均して5千円前後が、仕出し屋から届く料理の相場だ。
あれやこれやと合算していくと、請求額は250万を簡単に超えていく。
それどころか、300万を越えてもまるで停まる気配がない。
勇作の背筋へ、ゾクリと悪寒が走る・・・
「楽観はできませんが、そう悲観することもないようどす。
まだ寝ている多恵のもとへ、朝早くから祝儀袋を持った皆さんがやって来たそうどす。
いずれもゆうべお見えになった、トラックメーカーの皆さんどす。
お茶屋は月末に、まとめて請求書を書くの普通どす。
翌月の月末に支払ってもらうというのが、長年のしきたりどす。
けど。いまは年の暮れどす。
あれだけの大騒ぎをしたあげう、このまま年を越したのでは申し訳あらへんと、
みなさん、朝から大金を入れたご祝儀袋をもって、お見えになったそうどす。
寝ぼけ顔のまま、多恵が一時的に預かりました。
けどこれは昨夜の幹事役である、勇作さんに届けるべきもの。
そう思い、瓢亭の朝粥と一緒に、こちらまで多恵が運んできたんどす」
「みんなからの気持ちは嬉しい。
だが実際のところ、いくらかかったのか、まったく不明だ。
お茶屋からの請求総額はいくらだ。不足している額は、やっぱり俺が全部払う」
「みなさん気張ってご祝儀を、置いて行ってくれたようどす。
けどあれだけ大人数でのどんちゃん騒ぎどす。
ご祝儀を全部あいよしても、最終的に、100万前後は不足するようどすなぁ。
けどなぁ。多恵とわたしからのお願い事を引き受けてくれれば、不足している額は、
全部、チャラにしてもかまいまへん」
「なんだと。100万円前後の不足額を、チャラ(タダ)にしてくれるだって?。
ずいぶんと思い切った申し出だな。
池田屋の美人女将。多恵と言う化けタヌキと、置屋「市松」の女キツネのことだ。
たぶん相当、怖い中身のお願い事なんだろうなぁ・・・」
「ふふふ。二日酔いの割に、勘が鋭いどすなぁ。
はい。祇園という魔界を支配している魑魅魍魎からの申し出どす。
けど、それほど悪い内容の話かておまへんえ。
どうしまはるのどすか。聞くだけかて聞いてみおすか?。
悪女2人からの、不足している額をチャラにするという、途方もあらへん
交換条件のお話を」
100万円ちかい不足額をチャラにするという、怖い2人からの提案だ。
途方もないことを言い出すのに違いないだろうと、勇作が腹をくくる。
(聞いてからでも遅くはないだろう。無理難題だったら、100万を払うだけだ。
それだけで決着がつく話だ。
だが、一体なんだ。タヌキとキツネが提示してくるお願い事とは?)
(44)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら
(43) 100万円がチャラになる?
「あれだけのぞんちゃん騒ぎどす。
そうどすなぁ。ウチが見積もっても、ざっと、これくらいの請求額に
なるんちゃいおすか」
恵子が白い指を2本、ぴょこんと立てる。
『いえいえ・・・このくらいはかかっているかもしれませんなぁ・・・』と、
さらに指をもう1本、続けて立てて見せる。
指一本、10万円ではない。桁が一つ上の、100万だ。
老舗お茶屋のお座敷ならひと宴会で軽く、ひとり当たり、3万円の費用がかかる。
参加した人数は、最終的に赤穂浪士と同数の48名に達した。
それだけでも、150万円ほどの支払い額になる。
呼ばれた舞妓と芸妓の花代は、これとはまた別の勘定になる。
花代も、いろいろと相場が有る。
一見さんが業者に紹介してもらった場合、2時間で4万7千円というのが一般的だ。
別に手数料として、2万円の謝礼がかかる。
お茶屋の常連客だともう少し安くなるが、それでも2万5千円から
3万5千円程度は、花代として必要になる。
昨夜。池田屋の2階に集まって来た舞妓と芸妓の数は、最終的に20名。
2時間という、ひと宴会の枠を全員が超えた。
長い芸妓はさらに、3時間近くも時間を超過している。
当然のことながら支払う額は、時間とともにうなぎ上りに高騰していく。
追加として、60人前の仕出し料理がお茶屋に届いている。
安いものでも3千円。平均して5千円前後が、仕出し屋から届く料理の相場だ。
あれやこれやと合算していくと、請求額は250万を簡単に超えていく。
それどころか、300万を越えてもまるで停まる気配がない。
勇作の背筋へ、ゾクリと悪寒が走る・・・
「楽観はできませんが、そう悲観することもないようどす。
まだ寝ている多恵のもとへ、朝早くから祝儀袋を持った皆さんがやって来たそうどす。
いずれもゆうべお見えになった、トラックメーカーの皆さんどす。
お茶屋は月末に、まとめて請求書を書くの普通どす。
翌月の月末に支払ってもらうというのが、長年のしきたりどす。
けど。いまは年の暮れどす。
あれだけの大騒ぎをしたあげう、このまま年を越したのでは申し訳あらへんと、
みなさん、朝から大金を入れたご祝儀袋をもって、お見えになったそうどす。
寝ぼけ顔のまま、多恵が一時的に預かりました。
けどこれは昨夜の幹事役である、勇作さんに届けるべきもの。
そう思い、瓢亭の朝粥と一緒に、こちらまで多恵が運んできたんどす」
「みんなからの気持ちは嬉しい。
だが実際のところ、いくらかかったのか、まったく不明だ。
お茶屋からの請求総額はいくらだ。不足している額は、やっぱり俺が全部払う」
「みなさん気張ってご祝儀を、置いて行ってくれたようどす。
けどあれだけ大人数でのどんちゃん騒ぎどす。
ご祝儀を全部あいよしても、最終的に、100万前後は不足するようどすなぁ。
けどなぁ。多恵とわたしからのお願い事を引き受けてくれれば、不足している額は、
全部、チャラにしてもかまいまへん」
「なんだと。100万円前後の不足額を、チャラ(タダ)にしてくれるだって?。
ずいぶんと思い切った申し出だな。
池田屋の美人女将。多恵と言う化けタヌキと、置屋「市松」の女キツネのことだ。
たぶん相当、怖い中身のお願い事なんだろうなぁ・・・」
「ふふふ。二日酔いの割に、勘が鋭いどすなぁ。
はい。祇園という魔界を支配している魑魅魍魎からの申し出どす。
けど、それほど悪い内容の話かておまへんえ。
どうしまはるのどすか。聞くだけかて聞いてみおすか?。
悪女2人からの、不足している額をチャラにするという、途方もあらへん
交換条件のお話を」
100万円ちかい不足額をチャラにするという、怖い2人からの提案だ。
途方もないことを言い出すのに違いないだろうと、勇作が腹をくくる。
(聞いてからでも遅くはないだろう。無理難題だったら、100万を払うだけだ。
それだけで決着がつく話だ。
だが、一体なんだ。タヌキとキツネが提示してくるお願い事とは?)
(44)へつづく
『つわものたちの夢の跡』第一部はこちら