忠治が愛した4人の女 (5)
第一章 忠治16歳 ①
文政8年の初夏。忠治は16歳になっていた。
本間道場へ毎日通い古参の弟子を、しばしば打ち負かすほど腕をあげていた。
今日も熱くなりそうな朝がやって来た。
北にそびえている赤城山は、朝から靄(もや)につつまれている。
赤城の山麓には、無宿ものが多い。
身内や親族へかかわりあいがないように、悪事を働いたものや素行の悪いものは
人別帳から外されてしまう。
無宿人になった彼らは、役人の支配力が弱い上州の村々を、長脇差を腰に
20人、30人と徒党を組んでのし歩く。
百姓や町人たちを脅して、昼日中から博打に誘う。
彼らは町役人や、関東取締出役の道案内をつとめる地元の博徒たちと通じている。
ゆえに昼日中から堂々と賭場をひらける。
江戸を追われ、中山道から上州へ入り込んでくる無宿者たちも多い。
乞食同様の暮らしから逃れたい者は、集団で横行している無宿者たちの
三下になる。
赤城から流れ出してくる、粕川(かすかわ)のほとり。
小高い丘の上に寝そべり、赤城の峰を眺めている若者がいる。
縦縞模様の袷(あわせ)。黒光りした長い木刀を腰に差している。
色は白い。眉は太く、精悍な顔つきをしている。
後ろの松林の中で、博奕(ばくち)がおこなわれている。
ひと勝負がついたらしい。
「畜生、やられたぜ。今日はついてねえや」ブツブツ言いながら、
3人の若者が帰って行く。
「毎度、また来いよ。いつでも相手をしてやるぜ、いっひっひ」
ひとり勝ちした若者が、松林の中から声をかける。
「馬鹿やろう。そうそうカモになってたまるかよ!。このままじゃ済まねぇ。
今度は絶対に俺たちが、たんまりと勝ってやるからな!」
負けた若者たちが、田植えが終わったばかりのあぜ道で悔しそうに振り返る。
このあたりの景色はのどかだ。
赤城の斜面につづいて、松林や雑木林が幾重にも折り重なっていく。
ところどころ田んぼが見える。しかし、このあたりの耕地は少ない。
少ない耕地のほとんどに、桑が植えられている。
こんもりと育った桑の葉が、ツヤツヤと、日差しの中で風に揺れている。
「一分(およそ4万円)くらいの稼ぎになったか?」
「まぁ、そんなとこだな」
「忠治。おめえはまだ、お町のことを想ってんのか?」
腕まくりした若者が、寝そべっている忠治に声をかける。
声をかけたのは、五目牛(ごめうし)村の千代松。
忠治とは同じ歳。本間道場で腕を競い合っている同期生のひとりだ。
壷の中のサイコロの目を見つめていた若者たちが、一斉に、
あいかわらず寝そべっている忠次をふりかえる。
皆、腰に木刀を差している。
風体はいずれも、見るからに遊び人という格好をしている。
「確かに、お町はいい女だ。
あれだけの器量よしは滅多にいねえ。けどよお、嫁に行っちまったんだ。
いいかげんで諦めたらどうだ。
だいいちおめえの事を、はっきりと、大嫌えだと言い捨てたじゃねぇか」
「うるせえ!」忠次が背中を向けたまま、大きな声をあげる。
お町の話になると、忠治はすぐに機嫌が悪くなる。無理もない。
忠治とお町は同じ歳。お町は、誰もが認める器量良しだ。
嫁にもらうのなら絶対にお町しかいないと、忠治は出会ったその時から
密かに心に決めていた。
(6)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一章 忠治16歳 ①
文政8年の初夏。忠治は16歳になっていた。
本間道場へ毎日通い古参の弟子を、しばしば打ち負かすほど腕をあげていた。
今日も熱くなりそうな朝がやって来た。
北にそびえている赤城山は、朝から靄(もや)につつまれている。
赤城の山麓には、無宿ものが多い。
身内や親族へかかわりあいがないように、悪事を働いたものや素行の悪いものは
人別帳から外されてしまう。
無宿人になった彼らは、役人の支配力が弱い上州の村々を、長脇差を腰に
20人、30人と徒党を組んでのし歩く。
百姓や町人たちを脅して、昼日中から博打に誘う。
彼らは町役人や、関東取締出役の道案内をつとめる地元の博徒たちと通じている。
ゆえに昼日中から堂々と賭場をひらける。
江戸を追われ、中山道から上州へ入り込んでくる無宿者たちも多い。
乞食同様の暮らしから逃れたい者は、集団で横行している無宿者たちの
三下になる。
赤城から流れ出してくる、粕川(かすかわ)のほとり。
小高い丘の上に寝そべり、赤城の峰を眺めている若者がいる。
縦縞模様の袷(あわせ)。黒光りした長い木刀を腰に差している。
色は白い。眉は太く、精悍な顔つきをしている。
後ろの松林の中で、博奕(ばくち)がおこなわれている。
ひと勝負がついたらしい。
「畜生、やられたぜ。今日はついてねえや」ブツブツ言いながら、
3人の若者が帰って行く。
「毎度、また来いよ。いつでも相手をしてやるぜ、いっひっひ」
ひとり勝ちした若者が、松林の中から声をかける。
「馬鹿やろう。そうそうカモになってたまるかよ!。このままじゃ済まねぇ。
今度は絶対に俺たちが、たんまりと勝ってやるからな!」
負けた若者たちが、田植えが終わったばかりのあぜ道で悔しそうに振り返る。
このあたりの景色はのどかだ。
赤城の斜面につづいて、松林や雑木林が幾重にも折り重なっていく。
ところどころ田んぼが見える。しかし、このあたりの耕地は少ない。
少ない耕地のほとんどに、桑が植えられている。
こんもりと育った桑の葉が、ツヤツヤと、日差しの中で風に揺れている。
「一分(およそ4万円)くらいの稼ぎになったか?」
「まぁ、そんなとこだな」
「忠治。おめえはまだ、お町のことを想ってんのか?」
腕まくりした若者が、寝そべっている忠治に声をかける。
声をかけたのは、五目牛(ごめうし)村の千代松。
忠治とは同じ歳。本間道場で腕を競い合っている同期生のひとりだ。
壷の中のサイコロの目を見つめていた若者たちが、一斉に、
あいかわらず寝そべっている忠次をふりかえる。
皆、腰に木刀を差している。
風体はいずれも、見るからに遊び人という格好をしている。
「確かに、お町はいい女だ。
あれだけの器量よしは滅多にいねえ。けどよお、嫁に行っちまったんだ。
いいかげんで諦めたらどうだ。
だいいちおめえの事を、はっきりと、大嫌えだと言い捨てたじゃねぇか」
「うるせえ!」忠次が背中を向けたまま、大きな声をあげる。
お町の話になると、忠治はすぐに機嫌が悪くなる。無理もない。
忠治とお町は同じ歳。お町は、誰もが認める器量良しだ。
嫁にもらうのなら絶対にお町しかいないと、忠治は出会ったその時から
密かに心に決めていた。
(6)へつづく
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