忠治が愛した4人の女 (6)
第一章 忠治16歳 ②
木刀を抱え込み、忠次が座りなおす。
それを待っていたように4人の若者が、まわりをぐるりと取り囲む。
壺を振っていた五目牛村の千代松。国定村の清五郎。曲沢(まがりさわ)村の富五郎。
この3人は忠次と同い歳だが、もうひとり。
田部井(ためがい)村に住んでいる又八は、ひとつ年下だ。
忠治を中心に、気が付いたらいつのまにか徒党を組んでいる。
みんな赤堀の本間道場の、念流(ねんりゅう)を習っている同期生だ。
上州は剣術が盛んだ。あちこちに道場がある。
武士にかぎらず、町民や農民の若者たちも日頃から剣の修行に励んでいる。
剣術も盛んだが、博奕(ばくち)も盛んだ。
仲間が集まれば博奕が始まる。
しかし仲間内でやっているだけでは、面白味がない。
仲間内の博奕で動く金は、たかがしれている。
いつしか金持ちのせがれたちを誘い込み、いかさま博打で稼ぐようになっていた。
「忠治。
おめえさんが田部井(ためがい)の名主のお嬢さん、お町に振られたって話は、
俺の住んでる五目牛(ごめうし)にも聞こえて来たぜ。
あちこちでも、ずいぶんと評判だ。
よう。いったいどんな振られ方をしたんだ、おめえさんは?」
「どうもこうもねぇ。馬鹿なやろうだぜ、この男ときたら。
よせばいいのに花嫁行列のど真ん中へ、たったひとりで乗り込んでいった。
お町を力ずくでかっさらおうとしたんだ」
「ホントか。へぇぇ・・・ずいぶん男気にあふれた話だな」
「うまくいけばいいさ。ところがだ。
この男ときたらお町の兄貴の嘉藤太(かとうた) にとっ捕まり、縛り上げられちまった。
あげくにお町からは、はっきりと『あんたなんか大嫌い、顔も見たくない』
と言われたそうだ。
大勢の見てる前でいい恥をさらしてきたんだぜ。この男は」
「うるせぇや。いいかげんで黙りやがれ、この野郎!」
忠治が木刀の柄(つか)を握って立ち上がる。
「やい。清五郎。
お町は俺に向かって、大嫌いとは言わなかったぜ。
ただ、嫌いと言っただけだ」
「へへん。負け惜しみを言いやがって。この野郎。
大嫌いも嫌いも、言ってる意味にたいしてかわりはねぇだろう。
嫌いなものは嫌いという意味だろう」
「ところがよ。そうでもないんだ。これがよう。
去年の秋まつりのことだが、途中までは、うまく事がすすんでいたんだ」
「なにっ、実は出来ていたのか、お前たちは・・・」
「そうよ。俺たちは2人でこっそり祭りを抜け出した。
ちかくに流れている早川のほとりまで、お町を連れて行った。
月を眺めながらいい感じで、夜が更けるまで、お町と話をしたんだ」
「で・・・どうしたんだ。お前のことだ。
有無を言わさずいきなり、川岸へお町をおっぺした(押し倒した)のか?」
「これだからモテねぇ男は困る。野暮を言うんじゃねぇ。
お町の奴にもすこしばかり、酒が入っていた。
そっと抱き寄せるとお町のやつ、ぽっと頬を赤くしゃがった。
俺に気が有ることは、その時にはっきり分かったぜ。
あせらずじっくりいこうと考えて、その夜は、何にもしなかったのさ」
「へぇぇ・・・速攻で攻めるおめえにしちゃ、珍しい。
女と見れば、すぐに手を出す癖に、お町にかぎって遠慮したのかよ。
それほど大事な女だったという事か、お町って女は」
「まぁな。だがよ、もういいんだ。居なくなっちまった女は追いかけねぇ。
お町がなんだ。俺には、お町以上のでっかい夢が有る。
今に見てろょ。
世間をあっと言わせてみせるから・・・」
(7)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一章 忠治16歳 ②
木刀を抱え込み、忠次が座りなおす。
それを待っていたように4人の若者が、まわりをぐるりと取り囲む。
壺を振っていた五目牛村の千代松。国定村の清五郎。曲沢(まがりさわ)村の富五郎。
この3人は忠次と同い歳だが、もうひとり。
田部井(ためがい)村に住んでいる又八は、ひとつ年下だ。
忠治を中心に、気が付いたらいつのまにか徒党を組んでいる。
みんな赤堀の本間道場の、念流(ねんりゅう)を習っている同期生だ。
上州は剣術が盛んだ。あちこちに道場がある。
武士にかぎらず、町民や農民の若者たちも日頃から剣の修行に励んでいる。
剣術も盛んだが、博奕(ばくち)も盛んだ。
仲間が集まれば博奕が始まる。
しかし仲間内でやっているだけでは、面白味がない。
仲間内の博奕で動く金は、たかがしれている。
いつしか金持ちのせがれたちを誘い込み、いかさま博打で稼ぐようになっていた。
「忠治。
おめえさんが田部井(ためがい)の名主のお嬢さん、お町に振られたって話は、
俺の住んでる五目牛(ごめうし)にも聞こえて来たぜ。
あちこちでも、ずいぶんと評判だ。
よう。いったいどんな振られ方をしたんだ、おめえさんは?」
「どうもこうもねぇ。馬鹿なやろうだぜ、この男ときたら。
よせばいいのに花嫁行列のど真ん中へ、たったひとりで乗り込んでいった。
お町を力ずくでかっさらおうとしたんだ」
「ホントか。へぇぇ・・・ずいぶん男気にあふれた話だな」
「うまくいけばいいさ。ところがだ。
この男ときたらお町の兄貴の嘉藤太(かとうた) にとっ捕まり、縛り上げられちまった。
あげくにお町からは、はっきりと『あんたなんか大嫌い、顔も見たくない』
と言われたそうだ。
大勢の見てる前でいい恥をさらしてきたんだぜ。この男は」
「うるせぇや。いいかげんで黙りやがれ、この野郎!」
忠治が木刀の柄(つか)を握って立ち上がる。
「やい。清五郎。
お町は俺に向かって、大嫌いとは言わなかったぜ。
ただ、嫌いと言っただけだ」
「へへん。負け惜しみを言いやがって。この野郎。
大嫌いも嫌いも、言ってる意味にたいしてかわりはねぇだろう。
嫌いなものは嫌いという意味だろう」
「ところがよ。そうでもないんだ。これがよう。
去年の秋まつりのことだが、途中までは、うまく事がすすんでいたんだ」
「なにっ、実は出来ていたのか、お前たちは・・・」
「そうよ。俺たちは2人でこっそり祭りを抜け出した。
ちかくに流れている早川のほとりまで、お町を連れて行った。
月を眺めながらいい感じで、夜が更けるまで、お町と話をしたんだ」
「で・・・どうしたんだ。お前のことだ。
有無を言わさずいきなり、川岸へお町をおっぺした(押し倒した)のか?」
「これだからモテねぇ男は困る。野暮を言うんじゃねぇ。
お町の奴にもすこしばかり、酒が入っていた。
そっと抱き寄せるとお町のやつ、ぽっと頬を赤くしゃがった。
俺に気が有ることは、その時にはっきり分かったぜ。
あせらずじっくりいこうと考えて、その夜は、何にもしなかったのさ」
「へぇぇ・・・速攻で攻めるおめえにしちゃ、珍しい。
女と見れば、すぐに手を出す癖に、お町にかぎって遠慮したのかよ。
それほど大事な女だったという事か、お町って女は」
「まぁな。だがよ、もういいんだ。居なくなっちまった女は追いかけねぇ。
お町がなんだ。俺には、お町以上のでっかい夢が有る。
今に見てろょ。
世間をあっと言わせてみせるから・・・」
(7)へつづく
新田さらだ館は、こちら