忠治が愛した4人の女 (16)
第二章 忠治、旅へ出る ①
お鶴が嫁に来てから1年が経った。忠治は17歳。
お鶴もはじめの頃は年下の忠治に、従順に従っていた。
しかし。新しい生活に慣れるにつれ、すこしずつ姉さん風を吹かすようになってきた。
無理もない。お鶴は忠治より歳が2つも上だ。
母親とはうまくいっている。
朝から晩まで母といっしょに手際よく、たくさんの仕事を片づけている。
なぜか忠治だけが、のけもののような空気が生まれている。
蚕の季節に入ると女たちは、一日中忙しい。
休みことなく蚕の世話に明け暮れる。未明のうちから蚕に、桑の葉をあたえる。
朝の給仕が終るとすぐさま、つぎの葉を確保するため桑畑へ飛んで行く。
蚕は休むことなく、桑の葉を食べる。
大量にとりこまれた葉の繊維が、蚕の体内でやがて透明の絹糸を生む。
「ねぇ、あんた。まだ免許皆伝がもらえないの?
いったい、いつになったら、道場をひらくことができるのさ」
「そんな簡単に免許がもらえたら、誰でも道場主になれる。
免許を取るってのは、そんな簡単なことじゃねぇ。
俺だってそれなりには頑張っているが、免許を取るのはまだまだ先の話だ。
急かすんじゃねぇ。
それよりよ。
たまには仕事をさぼって、2人で何処か遊びに行こうじゃねぇか」
忠治が手を伸ばして、お鶴を抱き寄せようとする。
しかし。やすやすとその手を逃れたお鶴が、フン!と顔をそむけてしまう。
「なに言ってんの。忙し過ぎて、そんな暇などありません!」
お鶴が怖い目を見せる。
姉さん被りを直したお鶴が部屋に忠治を残したまま、バタバタと廊下へ飛び出していく。
こんな風に、あっさりお鶴に逃げられてしまうことが、たびたびだ。
家の中に居ても、忠治は面白くない。
当然のように「てやんでぇ」とばかり、また昔のように外を
ふらふらと遊び歩くようになる。
おさな馴染みの清五郎と富五郎は、三室村の勘助の子分になっている。
お町の兄の嘉藤太(かとうた)と一緒に長脇差を腰に差し、これでもかとばかりに
肩で風を切り、村の中をのし歩いている。
三室村の勘助は、最初は地元に一家を張ると言っていた。
しかし。親から反対されたため、三室村に一家をはることを断念した。
仕方なく田部井(ためがい)村にある嘉藤太の家を、本拠地にした。
この頃は、嘉藤太の家に妾まで呼び寄せている。
親分気取りでこちらも肩を振りながら、田部井村のあぜ道をのし歩いている。
ときどき、久宮(くぐう)一家の若い者がやって来る。
小競り合いから血を見ることも有るが、それ以上には発展しない。
いまのところ大きな争いにもならず、うまく追い返している。
国定村はいまだに久宮一家の縄張りだが、いつの間にか田部井村だけは、
新参者の勘助の縄張りのようになっている。
そんな中。千代松だけが勘助の子分になっていない。
忠次といっしょに、本間道場へ通っていた。
しかし。ふぬけになってしまった忠次と、話をする気分にならないらしい。
稽古が終わると、さっさとひとりで帰ってしまう。
(チェっ。なんでぇ。
気が付けば俺ひとりじゃねぇか。
いつの間にか、みんなからすっかり、仲間外れの扱いを受けている。
冷たいもんだな、みんな。
ガキの頃はあれほど仲良く、つるんで遊んでいたというのに、よ)
懐手をした忠治が、北風がふきはじめた野良道へ出る。
夏は南東からの風が吹く。
しかし稲が黄金色にかわる頃から、北からの風が吹いてくる。
空っ風が吹く季節にはまだ早い。
しかし北からの風の中にはすでに、冷たいものが含まれている。
風に乗ってやって来た赤とんぼの群れが、頭を垂れた稲穂の上を、
スイスイと、気持ちよさそうに飛び回っていく。
忠治の懐には、それなりの金がある。
祭りの時期なら大金が動く賭場もあるが、いまはそんな賭場は無い。
嘉藤太の家で一家を張った勘助が貸元になり、いつも賭場がひらかれている、
と言う噂を聞いたことが有る。
(そうだ。行ってみるか。嘉藤太の家の賭場にでも・・・)
今日の忠治は久しぶりに、こころいくまで博打が打ってみたかった。
(17)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ①
お鶴が嫁に来てから1年が経った。忠治は17歳。
お鶴もはじめの頃は年下の忠治に、従順に従っていた。
しかし。新しい生活に慣れるにつれ、すこしずつ姉さん風を吹かすようになってきた。
無理もない。お鶴は忠治より歳が2つも上だ。
母親とはうまくいっている。
朝から晩まで母といっしょに手際よく、たくさんの仕事を片づけている。
なぜか忠治だけが、のけもののような空気が生まれている。
蚕の季節に入ると女たちは、一日中忙しい。
休みことなく蚕の世話に明け暮れる。未明のうちから蚕に、桑の葉をあたえる。
朝の給仕が終るとすぐさま、つぎの葉を確保するため桑畑へ飛んで行く。
蚕は休むことなく、桑の葉を食べる。
大量にとりこまれた葉の繊維が、蚕の体内でやがて透明の絹糸を生む。
「ねぇ、あんた。まだ免許皆伝がもらえないの?
いったい、いつになったら、道場をひらくことができるのさ」
「そんな簡単に免許がもらえたら、誰でも道場主になれる。
免許を取るってのは、そんな簡単なことじゃねぇ。
俺だってそれなりには頑張っているが、免許を取るのはまだまだ先の話だ。
急かすんじゃねぇ。
それよりよ。
たまには仕事をさぼって、2人で何処か遊びに行こうじゃねぇか」
忠治が手を伸ばして、お鶴を抱き寄せようとする。
しかし。やすやすとその手を逃れたお鶴が、フン!と顔をそむけてしまう。
「なに言ってんの。忙し過ぎて、そんな暇などありません!」
お鶴が怖い目を見せる。
姉さん被りを直したお鶴が部屋に忠治を残したまま、バタバタと廊下へ飛び出していく。
こんな風に、あっさりお鶴に逃げられてしまうことが、たびたびだ。
家の中に居ても、忠治は面白くない。
当然のように「てやんでぇ」とばかり、また昔のように外を
ふらふらと遊び歩くようになる。
おさな馴染みの清五郎と富五郎は、三室村の勘助の子分になっている。
お町の兄の嘉藤太(かとうた)と一緒に長脇差を腰に差し、これでもかとばかりに
肩で風を切り、村の中をのし歩いている。
三室村の勘助は、最初は地元に一家を張ると言っていた。
しかし。親から反対されたため、三室村に一家をはることを断念した。
仕方なく田部井(ためがい)村にある嘉藤太の家を、本拠地にした。
この頃は、嘉藤太の家に妾まで呼び寄せている。
親分気取りでこちらも肩を振りながら、田部井村のあぜ道をのし歩いている。
ときどき、久宮(くぐう)一家の若い者がやって来る。
小競り合いから血を見ることも有るが、それ以上には発展しない。
いまのところ大きな争いにもならず、うまく追い返している。
国定村はいまだに久宮一家の縄張りだが、いつの間にか田部井村だけは、
新参者の勘助の縄張りのようになっている。
そんな中。千代松だけが勘助の子分になっていない。
忠次といっしょに、本間道場へ通っていた。
しかし。ふぬけになってしまった忠次と、話をする気分にならないらしい。
稽古が終わると、さっさとひとりで帰ってしまう。
(チェっ。なんでぇ。
気が付けば俺ひとりじゃねぇか。
いつの間にか、みんなからすっかり、仲間外れの扱いを受けている。
冷たいもんだな、みんな。
ガキの頃はあれほど仲良く、つるんで遊んでいたというのに、よ)
懐手をした忠治が、北風がふきはじめた野良道へ出る。
夏は南東からの風が吹く。
しかし稲が黄金色にかわる頃から、北からの風が吹いてくる。
空っ風が吹く季節にはまだ早い。
しかし北からの風の中にはすでに、冷たいものが含まれている。
風に乗ってやって来た赤とんぼの群れが、頭を垂れた稲穂の上を、
スイスイと、気持ちよさそうに飛び回っていく。
忠治の懐には、それなりの金がある。
祭りの時期なら大金が動く賭場もあるが、いまはそんな賭場は無い。
嘉藤太の家で一家を張った勘助が貸元になり、いつも賭場がひらかれている、
と言う噂を聞いたことが有る。
(そうだ。行ってみるか。嘉藤太の家の賭場にでも・・・)
今日の忠治は久しぶりに、こころいくまで博打が打ってみたかった。
(17)へつづく
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