落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (7)       第一章 忠治16歳 ③

2016-07-04 09:37:30 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (7)
      第一章 忠治16歳 ③





 「へっ、おめえにでっかい夢がある?・・・なんでえ、いったい?」



 清五郎が忠治の顔をのぞきこむ。



 「俺の親父は、俺が10歳の時、ぽっくり死んじまった。
 だがよ。本間念流の免許皆伝を持っていた。
 親父の夢は道場を開いて、国定村の若え者に、剣術を教えることだった」



 「その話なら、俺も、ウチの親父からよく聞かされた。
 親父は酒を飲むとおめえの親父の事を、自慢気によく話していたもんだ。
 あいつは商売もうまいが、剣術も強え。
 いまでも生きてりゃ、赤堀の本間道場に負けねえくれえ
 栄えていただろうと、酔っぱらうたんびに口にしていた」


 
 「俺も、親父の事が少しばかり分かって来た。
 親父に負けている場合じゃねぇと、最近になって思い始めてきた」


 「たしかにお前の家は、名主をつとめたこともある名門だ。
 おめえの努力次第で、もしかしたら、名主にもなれるかもしれねぇ。
 だけどけよ。おめえって奴は、名主になれる玉か?」



 「うん、柄(がら)じゃねえな」となりで聴いていた千代松も、ニタリと笑う。
つられた富五郎と又八も、大きな声をあげて笑いだす。



 「馬鹿やろう。俺がいつ、名主になると言った。
 俺は道場主になるんだ。
 本間道場で免許を取り、国定村に剣術の道場を開くんだ」



 「言っちゃア悪(わり)いがな」富五郎が、サイコロを壷の中へ落とす。
カラカラと振ったサイコロを、コロリと手のひらへ落とす。
仕掛けのあるサイコロは、振り方次第で、目を自在にそろえることができる。
「ほらよ。1が揃ったピンゾロの丁だ。チョロいもんだ、えっへっへ」
だがなと、富五郎が言葉をつづける。



 「たしかにおめえの家は、銭もあれば、土地もたっぷりある。
 道場なんかその気になれば、簡単に作れるだんべ。
 だがよ。免許を取るのは難しい。
 はっきり言っておめえの腕は、俺よりも下だ」


 「その点なら心配はねぇ。
 俺は、今日から心を入れ替えた。
 真剣に修行を積み、絶対に免許を取ってやる。もうすでに決めたことだ」



 「へぇぇ・・・お前。
 お町に振られたせいで、心を入れ替えたというのか?」



 清五郎が驚いたように、忠治を見あげる。


 
 「うるせぇ、お町のことは関係ねえ。
 俺がこころに決めたことだ。お町のことは、もう口にするんじゃねぇ!」


 「えへへ。ホントは焼いているんだろう、お前。
 お町が偉い先生のとこに嫁に行ったもんで、焼きもちを焼いているのさ、
 実はそうなんだろ、忠治よ」



 「偉え先生?、なんだい、何の先生だ。お町の結婚相手は?」


 「五惇堂(ごじゅんどう)という、塾の先生さ」



 「へっ、お町の相手は、塾をやっている学者先生さんか。
 それじゃ相手が悪すぎる。
 逆立ちしたって、学問嫌いの忠次がかなうわけがねぇ」


 富五郎がふたたび、大きな声をあげて笑い出す。



 「うるせえ。いい加減にしろ。学者先生が何だってんだ!」



 「お町の相手が五惇堂の先生だから、道場の先生になるって決めたんだろう? 
 へっ。まったくもって、どこまでいっても単純な男だぜ。こいつときたら」



 「うるせえやい。
 お町は関係ねえって言ってんだろうが。しまいにゃ本気になって怒るぜ!
 怒らせると怖いぜ、おれさまは!
 ニッコリ笑って人を斬る。それが国定村の忠次郎さまだぞ!」 


(8)へつづく

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