忠治が愛した4人の女 (23)
第二章 忠治、旅へ出る ⑧
「よく来た。おめえが忠治か。
おめえのオヤジには、ずいぶん世話になった。やっと恩返しができる。
八州様の御用聞きをしている俺さまだ。
万事うまく計らってやるから、おめえは何の心配もすんな。
自分の家だと思って、ゆっくり手足を伸ばせ」
道場主の手紙を読み終えた佐重郎が、「万事まかせろ」と笑う。
佐重郎が笑ったのには、意味が有る。
博徒と十手の2足のわらじを履いている者は、いろいろ融通の利く立場に居る。
八州様とは関東取締出役のことで、関八州の村々を巡回して、
犯罪者たちを召し捕るのが仕事だ。
関東の八州には幕府の直轄領(天領)や旗本領、藩領、寺社領などが、
細かくモザイクのように入り乱れている。
そのため。他領へ逃げ込んでしまった犯罪者を、逮捕する事ができない。
犯罪者が潜伏するのに、ごく都合がよい。
多くの博徒が上州へ逃れてくるのも、当然のことと言える。
困り果てた幕府がどこへでも踏み込むことができ、犯罪者を逮捕できる権限を
持った、関東取締出役を設置した
上州(群馬県)武州(ぶしゅう・埼玉県)を担当する関東取締出役は、全部で4人。
2人づつの交替体制で、村々を見て回る。
彼らは江戸に住んでいるため、巡回するための道案内を必要とした。
最初のうち。道案内は村の名主たちが務めた。
しかし。取り締まりの対象は博奕打ちや、凶暴な無宿者たちだ。
そうした連中を捕まえるには、内情を知っている者のほうが都合がよい。
ごく自然のうちに、顔の売れている博奕打ちの親分を、案内役に指名する事が多くなった。
これが『二足の草鞋(わらじ)』のはじまりだ。
大前田栄五郎に殺された久宮一家の丈八や、この後、忠次と対立関係になる
島村の伊三郎も、2足のワラジを履いている。
佐重郎も、そうしたひとりだ。
道案内は無報酬だ。しかし八州様を後ろ盾にすることで、得るものも多くなる。
十手を盾に、悪どいことを平気でおこなう。
たとえば。博奕を見逃してやるかわりに、高額の賄賂を貰う。
払わない博徒は捕まえて江戸へ送り、空いた縄張りは自分のものにしてしまう。
宿場女郎は、一軒に2人までという制限が有る。
だが、それを守っている旅籠屋は少ない。違反を見逃す代わりに、賄賂をもらう。
払わないものは、有無を言わさず捕まえる。
『二足のワラジ』の持ち主は、十手をちらつかせながら人の弱みに上手につけこむ。
勢力をひろがるため、あらゆる場面で悪事を働く。
しかし。玉村宿の佐重郎は、そこまでワルではない。
「相手が野州の無宿ものなら、なんとかなるだろう。
だがな。このままお前さんが上州に居たんじゃ、なにかと都合が悪い。
足を伸ばして、国をかえろ。
そうだな。ちょうど良い男がいる。
2、3日ここで休んだら、武州の藤久保村へ行け。
俺が藤久保村の親分に、紹介状を書いてやる」
「へっ、武州の藤久保村?。
なんでそんな辺鄙なところへ行くですか。この後におよんで、いまさら?」
「行くのは嫌か?。だがよ忠治。人の話は最後まで聞いた方がいい。
辺鄙な場所だから、かえって都合がいいのよ。
それによ、大きな声じゃ言えねえが実はそこに、上州の大親分さんが
隠れていなさる」
「大親分が隠れている?・・・誰ですか、いってぇ」
「大前田の英五郎親分が隠れている。
間違いとはいえ、人を殺しちまったお前さんのことだ。
大前田の親分の名前くらい、どこかで聞いたことがあるだろう」
いきなり。泣く子も黙る上州の大親分、大前田英五郎の名前が出てきた。
英五郎をかくまっている佐重郎に、紹介状を書いてくれるという。
忠治の興奮が頂点に達していく。
その夜、忠治はいくら酒を飲んでも酔うことが出来なかった。
上州人ならだれもがあこがれている大親分の大前田英五郎に、逢うことができる。
そう考えただけで忠治の血が、あやしく騒ぎはじめてきた・・・
(24)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ⑧
「よく来た。おめえが忠治か。
おめえのオヤジには、ずいぶん世話になった。やっと恩返しができる。
八州様の御用聞きをしている俺さまだ。
万事うまく計らってやるから、おめえは何の心配もすんな。
自分の家だと思って、ゆっくり手足を伸ばせ」
道場主の手紙を読み終えた佐重郎が、「万事まかせろ」と笑う。
佐重郎が笑ったのには、意味が有る。
博徒と十手の2足のわらじを履いている者は、いろいろ融通の利く立場に居る。
八州様とは関東取締出役のことで、関八州の村々を巡回して、
犯罪者たちを召し捕るのが仕事だ。
関東の八州には幕府の直轄領(天領)や旗本領、藩領、寺社領などが、
細かくモザイクのように入り乱れている。
そのため。他領へ逃げ込んでしまった犯罪者を、逮捕する事ができない。
犯罪者が潜伏するのに、ごく都合がよい。
多くの博徒が上州へ逃れてくるのも、当然のことと言える。
困り果てた幕府がどこへでも踏み込むことができ、犯罪者を逮捕できる権限を
持った、関東取締出役を設置した
上州(群馬県)武州(ぶしゅう・埼玉県)を担当する関東取締出役は、全部で4人。
2人づつの交替体制で、村々を見て回る。
彼らは江戸に住んでいるため、巡回するための道案内を必要とした。
最初のうち。道案内は村の名主たちが務めた。
しかし。取り締まりの対象は博奕打ちや、凶暴な無宿者たちだ。
そうした連中を捕まえるには、内情を知っている者のほうが都合がよい。
ごく自然のうちに、顔の売れている博奕打ちの親分を、案内役に指名する事が多くなった。
これが『二足の草鞋(わらじ)』のはじまりだ。
大前田栄五郎に殺された久宮一家の丈八や、この後、忠次と対立関係になる
島村の伊三郎も、2足のワラジを履いている。
佐重郎も、そうしたひとりだ。
道案内は無報酬だ。しかし八州様を後ろ盾にすることで、得るものも多くなる。
十手を盾に、悪どいことを平気でおこなう。
たとえば。博奕を見逃してやるかわりに、高額の賄賂を貰う。
払わない博徒は捕まえて江戸へ送り、空いた縄張りは自分のものにしてしまう。
宿場女郎は、一軒に2人までという制限が有る。
だが、それを守っている旅籠屋は少ない。違反を見逃す代わりに、賄賂をもらう。
払わないものは、有無を言わさず捕まえる。
『二足のワラジ』の持ち主は、十手をちらつかせながら人の弱みに上手につけこむ。
勢力をひろがるため、あらゆる場面で悪事を働く。
しかし。玉村宿の佐重郎は、そこまでワルではない。
「相手が野州の無宿ものなら、なんとかなるだろう。
だがな。このままお前さんが上州に居たんじゃ、なにかと都合が悪い。
足を伸ばして、国をかえろ。
そうだな。ちょうど良い男がいる。
2、3日ここで休んだら、武州の藤久保村へ行け。
俺が藤久保村の親分に、紹介状を書いてやる」
「へっ、武州の藤久保村?。
なんでそんな辺鄙なところへ行くですか。この後におよんで、いまさら?」
「行くのは嫌か?。だがよ忠治。人の話は最後まで聞いた方がいい。
辺鄙な場所だから、かえって都合がいいのよ。
それによ、大きな声じゃ言えねえが実はそこに、上州の大親分さんが
隠れていなさる」
「大親分が隠れている?・・・誰ですか、いってぇ」
「大前田の英五郎親分が隠れている。
間違いとはいえ、人を殺しちまったお前さんのことだ。
大前田の親分の名前くらい、どこかで聞いたことがあるだろう」
いきなり。泣く子も黙る上州の大親分、大前田英五郎の名前が出てきた。
英五郎をかくまっている佐重郎に、紹介状を書いてくれるという。
忠治の興奮が頂点に達していく。
その夜、忠治はいくら酒を飲んでも酔うことが出来なかった。
上州人ならだれもがあこがれている大親分の大前田英五郎に、逢うことができる。
そう考えただけで忠治の血が、あやしく騒ぎはじめてきた・・・
(24)へつづく
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