忠治が愛した4人の女 (17)
第二章 忠治、旅へ出る ②
意気込んで田部井(ためがい)村の嘉藤太の家までやって来た忠治だが、
賭場が開かれている様子は、まったく無い。
それどころか誰も見えない。妙に静かだ。
忠治が家の中を覗き込むと、すかさず背後から『おっちゃんなら、居ねぇよ』
と子供の声が聞こえてきた。
振りかえるとこのあたりでは見かけない、生意気そうなガキが立っている。
10歳くらいだが、一人前に竹槍を構えている。
「誰でぇお前は。このあたりじゃ見かけねぇガキだな」
「そういうオジサンこそ、見かけねえ顔だ。
俺はおっちゃんに頼まれて、この家の留守番をしているもんだ。
オジサンこそ、いったいどこの何者だぁ」
「おまえさんは留守番か。こいつは、俺が悪かった。
俺は、国定村の忠治というもんだ。
ここで子分になっている清五郎と富五郎は、俺の昔からの友だちだ。
で、嘉藤太と勘助の親分は、いったいどこへ行ったんだ?」
「草津温泉だ。みんなで草津へ湯治に行っちゃった。
まんじゅうを買ってきてやるから、しっかり留守番していろと、おいらは
勘助のおっちゃんから、ことづかっている」
「なんでぇ全員で草津か。そいつはまたずいぶんと豪勢な話だな。
それじゃ仕方ねぇ。帰るとするか。
また来るからな、坊主。
頑張って留守番しろよ。きっと良いことがある」
あばよと忠治が、嘉藤太の家をあとにする。
せっかく田部井に来たんだ、ひとつ年下の又八の家を訪ねてみるかと、
忠治が立ち止まる。
嘉藤太の家から半里あまり西に、又八の家がある。
「よくは知らねぇですけど、勘助親分にまとまった金が入ったみたいです。
草津へ行って、パアッと遊んでくると言ってました。
嘉藤太さんも清五郎さんも富五郎さんも、みんな一緒について行きました」
「パアッと遊んでくるってっか・・・いい気なもんだぜ、まったく。
小生意気そうなガキが、一人前に竹槍をかついで留守番していたが、
あいつはいったい、どこの何者なんだ?」
「ああ。あいつは勘助親分の甥(おい)っ子で、板割りの浅ってぇガキです。
甥っ子といっても血はつながっちゃいないんですがね・・・」
「血がつながっていねぇ?。それはいったいどういう意味だ」
「勘助親分の妹が、浅の親父んとこへ後妻に入(へえ)ったんです。
ところが、新しいおっ母と浅の馬が合わねぇ。
しまいには、家にも寄り付かねえ始末です。
みかねた勘助親分が、しばらく俺のところに居ろと浅を引き取ったそうです」
「へぇぇ・・・あたらしいおっ母とは馬が合わねぇが、
博徒の勘助とは馬が合うのか?」
「板割り職人のオヤジの跡を継ぐより、勘助親分の子分になるほうを
選んだんでしょ、あのガキは」
「ふう~ん。だがよ、あんなガキに留守番をまかせて草津へ遊びに行くなんて、
大丈夫か、勘助親分も」
「あれ?。もうひとり、佐与松さんてのが留守番していたはずですが・・・」
「いなかったぜ。俺が行ったときには・・・」
どちらにしても、嘉藤太の家が留守だということは良く分かった。
(草津の湯か・・・たしかオヤジが生きていたころ、一度だけ行ったことがあるな。
相手にしてもらえない家にくすぶっていたところで、面白くねぇ)
忠治のふところには、それなりのまとまった金がある。
(五目牛村の千代松でも誘って、俺も草津へ湯治に行くか・・・
それも悪くねぇ。じゃ、さっそく家へ戻って、旅支度でもするか)
じゃなと手を振り、忠治が又八の家を後にする。
(18)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ②
意気込んで田部井(ためがい)村の嘉藤太の家までやって来た忠治だが、
賭場が開かれている様子は、まったく無い。
それどころか誰も見えない。妙に静かだ。
忠治が家の中を覗き込むと、すかさず背後から『おっちゃんなら、居ねぇよ』
と子供の声が聞こえてきた。
振りかえるとこのあたりでは見かけない、生意気そうなガキが立っている。
10歳くらいだが、一人前に竹槍を構えている。
「誰でぇお前は。このあたりじゃ見かけねぇガキだな」
「そういうオジサンこそ、見かけねえ顔だ。
俺はおっちゃんに頼まれて、この家の留守番をしているもんだ。
オジサンこそ、いったいどこの何者だぁ」
「おまえさんは留守番か。こいつは、俺が悪かった。
俺は、国定村の忠治というもんだ。
ここで子分になっている清五郎と富五郎は、俺の昔からの友だちだ。
で、嘉藤太と勘助の親分は、いったいどこへ行ったんだ?」
「草津温泉だ。みんなで草津へ湯治に行っちゃった。
まんじゅうを買ってきてやるから、しっかり留守番していろと、おいらは
勘助のおっちゃんから、ことづかっている」
「なんでぇ全員で草津か。そいつはまたずいぶんと豪勢な話だな。
それじゃ仕方ねぇ。帰るとするか。
また来るからな、坊主。
頑張って留守番しろよ。きっと良いことがある」
あばよと忠治が、嘉藤太の家をあとにする。
せっかく田部井に来たんだ、ひとつ年下の又八の家を訪ねてみるかと、
忠治が立ち止まる。
嘉藤太の家から半里あまり西に、又八の家がある。
「よくは知らねぇですけど、勘助親分にまとまった金が入ったみたいです。
草津へ行って、パアッと遊んでくると言ってました。
嘉藤太さんも清五郎さんも富五郎さんも、みんな一緒について行きました」
「パアッと遊んでくるってっか・・・いい気なもんだぜ、まったく。
小生意気そうなガキが、一人前に竹槍をかついで留守番していたが、
あいつはいったい、どこの何者なんだ?」
「ああ。あいつは勘助親分の甥(おい)っ子で、板割りの浅ってぇガキです。
甥っ子といっても血はつながっちゃいないんですがね・・・」
「血がつながっていねぇ?。それはいったいどういう意味だ」
「勘助親分の妹が、浅の親父んとこへ後妻に入(へえ)ったんです。
ところが、新しいおっ母と浅の馬が合わねぇ。
しまいには、家にも寄り付かねえ始末です。
みかねた勘助親分が、しばらく俺のところに居ろと浅を引き取ったそうです」
「へぇぇ・・・あたらしいおっ母とは馬が合わねぇが、
博徒の勘助とは馬が合うのか?」
「板割り職人のオヤジの跡を継ぐより、勘助親分の子分になるほうを
選んだんでしょ、あのガキは」
「ふう~ん。だがよ、あんなガキに留守番をまかせて草津へ遊びに行くなんて、
大丈夫か、勘助親分も」
「あれ?。もうひとり、佐与松さんてのが留守番していたはずですが・・・」
「いなかったぜ。俺が行ったときには・・・」
どちらにしても、嘉藤太の家が留守だということは良く分かった。
(草津の湯か・・・たしかオヤジが生きていたころ、一度だけ行ったことがあるな。
相手にしてもらえない家にくすぶっていたところで、面白くねぇ)
忠治のふところには、それなりのまとまった金がある。
(五目牛村の千代松でも誘って、俺も草津へ湯治に行くか・・・
それも悪くねぇ。じゃ、さっそく家へ戻って、旅支度でもするか)
じゃなと手を振り、忠治が又八の家を後にする。
(18)へつづく
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