忠治が愛した4人の女 (13)
第一章 忠治16歳 ⑨
加賀からやって来た野鍛冶、五郎の住まいは、となり村の笠懸(かさかけ)。
笠懸には、久宮一家の本拠がある。
その昔。赤城山の東端を流れる渡良瀬川の扇状地として、笠懸野が生まれた。
一帯は広大な荒れ地だった。
鎌倉時代のはじめ。狩りを終えた源頼朝が、この地を通りかかった。
そのおり。強風にあおられて、家臣がかぶっていた笠が飛ばされた。
笠が獲物のようにコロコロと地上を転げまわる。
「面白い。誰ぞ、あの笠を射ってみよ」このときの頼朝のひとことが、
のちの馬上の弓技・笠懸を生み出す。
笠懸野というこの地の名前も、このとき命名されたという。
五郎の住まいは、細い水が流れる川沿いに立っている。
驚いたことに久宮一家が拠点にしている2階建ての屋敷が、すぐ近くに見える。
暗い鍛冶場の中に、鉄の匂いが充満している。
頼まれたカマやスキ、クワなどの刃先をここで鍛えているのだろう。
奥へ入っていった五郎がほどなくして、白鞘に収まった日本刀を持ってきた。
刃渡り2尺3寸5分。
刀身は、切っ先の伸びた反りの深い、豪壮な姿をしている。
構えるとずしりとした重みが、忠治の手元に降りてきた。
(斬れそうだ。こいつはいい刀だな・・・)
刀身を手にした瞬間。忠治はすかさず、そんな風に直感した。
「俺がはじめて打った刀だ。銘は義兼。
訳有りでな。作ったのは、後にも先にもこれ1本だけだ」
「良い刀だ。刀鍛冶として通用する、いい腕をもっているじゃねぇか。
だが、あとにも先にもこれ1本というのは、いってぇ、どういうワケだ?」
「俺の師匠は、加賀でも3本の指にはいる刀鍛冶だった。
弟子入りしたのは、10歳のとき。
8年が経った18歳の時。はじめて、刀を打ってみろとこいつを任された。
師匠が見つめる中。見よう見まねで打ち上げたのが、この義兼だ」
「義兼か。手にしっくりくる、いい刀だ。
加賀の刀鍛冶がなんでこんな遠く離れた、笠懸のあばら屋に住んでいるんだ」
「こいつを打ち上げて間もなく、師匠が亡くなった。
他人の下で修行中の弟子を、あらためて拾ってくれる師匠はいない。
仕方がねえから刀鍛冶として独立したが、修行中の奴に、刀を注文する奴はいねぇ。
あきらめて加賀を離れ、あちこち転々と暮らしているうちに、
この笠懸へ流れついた」
「それにしても悪名高い久宮一家が、目と鼻の先じゃねぇか。
それなのに奴らの目を盗んで、大金の動く賭場をひらくとは、素人にしちゃ
いい根性をしているな」
「好き好んでやっているわけじゃねぇ。だが背に腹はかえられねぇ。
早いとこ金を作らなきゃ、お糸が他所へ売られちまうからな」
「お糸?。そいつがお前さんの、訳アリの女なのか?」
「お糸は、亡くなった師匠の娘さんだ。
2人でここまで流れてきたが、路銀を使い果たして、あるお人から10両の金を借りた。
証文代わりにお糸を預けた。
だが約束した期限までに金をつくらねぇと、お糸は、
木崎宿の女郎屋に売られちまう」
「なんでぇ。お前さんのいい女が、女郎屋に売られちまうのか。
そいつは災難だな。
でその10両の期限は、いつまでだ?」
「あと半年だ。半年の間に約束の10両の金を作らないと、
俺のお糸が、女郎屋へ売り飛ばされちまう」
「なるほどな。よし、よく分かった。そういう話じゃしかたがねぇ。
力になろうじゃねぇか。
手っ取り早く稼いで、お糸さんを身請けしてやろうじゃねぇか。
俺がお前さんの賭場の、用心棒になればいいんだな」
「ありがてぇ。やっぱりおめえは、俺が見込んだ通りのいい男だ。
いやはや、久宮一家に睨まれて四苦八苦していたところだ。
恩に着るぜ、忠治。地獄に仏とはこのことだ。
神様、仏さま。国定村の忠次郎様だ!」
(14)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一章 忠治16歳 ⑨
加賀からやって来た野鍛冶、五郎の住まいは、となり村の笠懸(かさかけ)。
笠懸には、久宮一家の本拠がある。
その昔。赤城山の東端を流れる渡良瀬川の扇状地として、笠懸野が生まれた。
一帯は広大な荒れ地だった。
鎌倉時代のはじめ。狩りを終えた源頼朝が、この地を通りかかった。
そのおり。強風にあおられて、家臣がかぶっていた笠が飛ばされた。
笠が獲物のようにコロコロと地上を転げまわる。
「面白い。誰ぞ、あの笠を射ってみよ」このときの頼朝のひとことが、
のちの馬上の弓技・笠懸を生み出す。
笠懸野というこの地の名前も、このとき命名されたという。
五郎の住まいは、細い水が流れる川沿いに立っている。
驚いたことに久宮一家が拠点にしている2階建ての屋敷が、すぐ近くに見える。
暗い鍛冶場の中に、鉄の匂いが充満している。
頼まれたカマやスキ、クワなどの刃先をここで鍛えているのだろう。
奥へ入っていった五郎がほどなくして、白鞘に収まった日本刀を持ってきた。
刃渡り2尺3寸5分。
刀身は、切っ先の伸びた反りの深い、豪壮な姿をしている。
構えるとずしりとした重みが、忠治の手元に降りてきた。
(斬れそうだ。こいつはいい刀だな・・・)
刀身を手にした瞬間。忠治はすかさず、そんな風に直感した。
「俺がはじめて打った刀だ。銘は義兼。
訳有りでな。作ったのは、後にも先にもこれ1本だけだ」
「良い刀だ。刀鍛冶として通用する、いい腕をもっているじゃねぇか。
だが、あとにも先にもこれ1本というのは、いってぇ、どういうワケだ?」
「俺の師匠は、加賀でも3本の指にはいる刀鍛冶だった。
弟子入りしたのは、10歳のとき。
8年が経った18歳の時。はじめて、刀を打ってみろとこいつを任された。
師匠が見つめる中。見よう見まねで打ち上げたのが、この義兼だ」
「義兼か。手にしっくりくる、いい刀だ。
加賀の刀鍛冶がなんでこんな遠く離れた、笠懸のあばら屋に住んでいるんだ」
「こいつを打ち上げて間もなく、師匠が亡くなった。
他人の下で修行中の弟子を、あらためて拾ってくれる師匠はいない。
仕方がねえから刀鍛冶として独立したが、修行中の奴に、刀を注文する奴はいねぇ。
あきらめて加賀を離れ、あちこち転々と暮らしているうちに、
この笠懸へ流れついた」
「それにしても悪名高い久宮一家が、目と鼻の先じゃねぇか。
それなのに奴らの目を盗んで、大金の動く賭場をひらくとは、素人にしちゃ
いい根性をしているな」
「好き好んでやっているわけじゃねぇ。だが背に腹はかえられねぇ。
早いとこ金を作らなきゃ、お糸が他所へ売られちまうからな」
「お糸?。そいつがお前さんの、訳アリの女なのか?」
「お糸は、亡くなった師匠の娘さんだ。
2人でここまで流れてきたが、路銀を使い果たして、あるお人から10両の金を借りた。
証文代わりにお糸を預けた。
だが約束した期限までに金をつくらねぇと、お糸は、
木崎宿の女郎屋に売られちまう」
「なんでぇ。お前さんのいい女が、女郎屋に売られちまうのか。
そいつは災難だな。
でその10両の期限は、いつまでだ?」
「あと半年だ。半年の間に約束の10両の金を作らないと、
俺のお糸が、女郎屋へ売り飛ばされちまう」
「なるほどな。よし、よく分かった。そういう話じゃしかたがねぇ。
力になろうじゃねぇか。
手っ取り早く稼いで、お糸さんを身請けしてやろうじゃねぇか。
俺がお前さんの賭場の、用心棒になればいいんだな」
「ありがてぇ。やっぱりおめえは、俺が見込んだ通りのいい男だ。
いやはや、久宮一家に睨まれて四苦八苦していたところだ。
恩に着るぜ、忠治。地獄に仏とはこのことだ。
神様、仏さま。国定村の忠次郎様だ!」
(14)へつづく
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