落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (15)       第一章 忠治16歳 ⑪

2016-07-13 10:00:49 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (15)
      第一章 忠治16歳 ⑪



 
 「ずいぶん世話になったな、兄弟」


 五郎がこれがお糸だと、ワラジを履いている若い女の背中を指さす。
身支度を整えた女がくるりと振りかえる。
愛くるしい顔をしている。
典型的な加賀美人だ。しまも気立てが良さそうだ。



 2人は、2年ほど住んだ笠懸を離れていくことになった。
お糸の希望で、冬でも暖かい房州を目指して旅立つことになった。


 
 「これは約束の品だ。遠慮しないで受け取ってくれ」


 いつの間に作り上げたのだろうか。
五郎が、朱塗りの鞘に収まった義兼を差し出す。
忠治の両手にずしりと、刀の重みが降りてくる。



 「抜いてみな」


 刀身を抜くと、刃先が朝陽を受けて青白く光る。
見事なまでに研ぎあげられている。
だが切っ先から3寸ほどにかけて、なぜか薄く曇っている気配が見える。


 「妙だな。先端の切っ先から3寸ほどにかけて、刃先に曇りがあるぞ。
 なんでだ。研ぎ師の野郎が手を抜いたのかな?」



 「ほう。そいつに気がついたか。たいしたもんだ、おめえの勘は。
 そうよ。それがこの刀の切れ味だ」



 「なんでぇ。曇っていたほうが、切れ味が良くなるのか?」



 「サムライが使う刀は、刃の先を、これでもかとばかりに磨き上げる。
 綺麗に波紋がうかび出るまで、徹底的に磨きあげる。
 見た目は、切れそうだ。
 だが、実戦になるとピカピカに磨いた刃先は、脂で滑って切り込めねぇ。
 刃先が脂で滑るからだ。脂の付いた刃は、肉を切り裂かねぇ。
 少しくらいひっかかりが有ったほうが、人を斬るには、ちょうどいい」



 「ピカピカに磨いた刃じゃ、人は斬れねぇのか?」



 「滑る刃を使うには、高い技量がいる。
 だが引っかかる刃は、ちょっと力を加えれば、そこから内部へさらに食い込む。
 斬るんじゃねぇ。相手に当たったら押し込むんだ。
 この刀にはそんな風に、深く斬りこむための刃がついている」


 「斬るんじゃなくて、押し込むのか、こいつの刃は」



 「そうだ。こいつの刃は、そういう風に出来ている。
 こいつならたったの一撃で相手に、致命傷をあたえることができるだろう。
 だがな。ホントは、使わねえのが一番だ。
 こいつを抜いたとき、おまえさんは間違いなく人を殺すことになる。
 こいつは出来上がった時から、そういう力を持っている」


 
 「なるほどなぁ。たいしたもんだ・・・
 こいつは、俺の一生の、強い味方になりそうだ」



 「気を付けろ。両刃の剣と言って、刀は使い方次第でわが身を滅ぼす。
 使い方を間違うなよ、兄弟。
 だがよ。たかがもと刀鍛冶の俺に、それ以上のことはわからねぇ。
 好きに使ってくれ。いろいろ世話んなった礼だ。
 こんなものしかやれねぇが俺だと思って、大事にしてくれると有りがてぇ」



 じゃなぁ。
名残惜しいがそろそろいくぜと、五郎がお糸をうながす。
「はい」と応えたお糸が、「お世話になりました」と忠治に向かって深々と頭をさげる。
2人の背中が、朝もやの中を遠ざかっていく。
残った忠治は2人の無事の旅を、ただただ黙って見送るだけだ。



 加賀の国の住人。小松村出身の刀鍛冶、五郎が作り上げた「義兼」。
この刀はこれからの忠治とともに、その短い一生を、ともに過ごして
いくことになる・・・

 
 第一章 完


(16)へつづく


新田さらだ館は、こちら