落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (14)       第一章 忠治16歳 ⑩

2016-07-12 10:12:33 | 現代小説
忠治が愛した4人の女 (14)
      第一章 忠治16歳 ⑩


 
 忠治と、加賀から流れてきた五郎の2人3脚がはじまった。
民家で賭場を開くと、町方の役人たちに探索されてしまう。
そのため寺社奉行の管轄下で、町方たちが絶対に踏み入ることが出来ない
寺社の境内で賭場をひらくのが、常道だ。
神仏混淆の時代なので神社も、寺社奉行の管轄下に入っている。


 この日も神社の境内で、五郎が賭場をひらいていた。
ちらりと鳥居の向こう側に、見覚えのある三下の姿がやってきた。



 (おっ、来やがったな・・・なんだよ。
 誰かと思えば、この間、粕川へ転がり落ちた野郎じゃねぇか)



 懐手していた忠治が、両手をゆっくり前に出す。
川へ落ちた男がうしろに、見習いの三下を2人引き連れて忠治の前へやって来た。
しかし。川へ落ちた男を見捨てて、逃げ去った連中の顔が見当たらない。


 「なんでぇ。なんでこんなところにおめえが居るんだ。まいったなぁ。今日は相手が悪い。
 おめえはいまごろ、剣術を習って道場に居るはずだろう。
 そのお前さんがなんでこんな時間に、こんなところに居るんだ。
 ひよっとして、長脇差(ナガドス)の仲間入りしたのか、お前さんは?」



 長脇差(ナガドス)は、博徒の別称だ。
江戸時代の脇差は、1尺以下を小脇差。1尺7寸までのものを中脇差。
1尺9寸までを大脇差といい、2尺の長さになると刀と呼んだ。
長脇差の寸法は特に決まっていない。
大脇差以上で、2尺5寸位までのものを長脇差と呼称した。


 戦国時代。榛名山の中腹につくられた箕輪(みのわ)城の武士たちが、
好んで、この長さの脇差を腰に差した。
そうした慣習にならい、上州に集った博徒たちがこの長脇差で武装するようになった。
使いやすい長さということもある。
それがいつしか博徒たちの間に広まり、博徒の別名になった。



 「長脇差(ナガドス)になったワケじゃねぇ。
 俺はあいつに頼まれただけの、ただの用心棒だ。
 できることなら、無駄な力は使いたくねぇ。
 見過ごしてこのまま、帰ってくれ。
 2度も3度も同じ相手と喧嘩するのは、俺の趣味じゃねぇ」


 「そいつは俺も、同じことだ。
 だがよ、ここへいる見習いどもの手前も有る。
 俺の顔も立ててくれねぇと、帰るに帰れねぇ。頼むぜ、何とか工夫してくれ」



 「それなら五郎さんから、預かったものがある。
 少ないが、お前さんたちの酒代くらいにはなるだろう。
 こいつで一杯やって、何事もなかったと、親分さんに報告してくれ」



 忠治が懐から、小銭の入った袋をとりだす。
ずしりとした重量が有る。
賭場といっても、素人衆をあつめただけだから稼ぎのほどは知れている。
ずしりと入っている小銭が、そのことを証明している。



 「なんでぇ。しょうがねぇなぁ、そこまで言われちゃあ。
 おい、帰るぞ、おめえたち。今日は何もなかったと親分へ報告する。
 わかったな。決して余計なことを口にするんじゃねぇぞ、おめえたち!」



 くるりと背を向けて、川へ落ちた男が帰っていく。
素人衆が集まっていると思わせるのも、賭場をひらいている五郎の策略だ。
うす汚れた容貌をしているが、集まっているのは、いずれも旧家や商家の若旦那衆ばかりだ。


 彼らにしてみれば、寺銭(てらせん)の安い賭場の方が、気兼ねなく遊べる。
こうしてはじまった五郎と忠治の賭場だったが、あれよというまに半年足らずの間に
30両ちかい金を稼ぎ出した。



 (もう充分だ忠治。これだけあれば、お糸の身請けができる。
 おめえにも、礼をすることが出来る。
 だがよ。危ないことはもう、これっきりにしょうぜ・・・
 慣れねえことは、やたら神経をすり減らすし、寿命を短くする・・・)



 (身勝手によく言うぜ。承知して自分から先に、危ないことに手を出したくせに)
忠治がくちびるの端へ、苦い笑いを浮かべる。

(15)へつづく


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