忠治が愛した4人の女 (12)
第一章 忠治16歳 ⑧
忠治が生きた時代。博奕は厳しく禁じられている。
しかし博奕は庶民の娯楽として、日常茶飯事的に何処でも行なわれていた。
気心の知れた仲間が集まれば、すぐに博奕が始まる。
仲間の家はもちろん、畑の中や道端、寺社の境内、坊さんが混じり、
本堂で開帳することもある。
女や子供がまじっていることも珍しくない。
しかし。日常的にひらかれている博打では、大金は動かない。
100文から200文、稼ぐのがせいぜいだ。
(1文は、およそ12円)
大金が動く博奕場は、貸元と呼ばれる博奕打ちたちが仕切る。
貸元は客の安全を保証して、博奕場をひらく。
見返りとして保証料に当たるテラ銭を、勝った客から受け取る。
ちょっとした仲間内の博打なら目こぼしするが、それなりの金が動く賭場を
勝手に開くと、博奕打ちたちが放っておかない。
簀巻寸前になっていた男は忠治が睨んだ通り、やはり野鍛冶の職人だった。
野鍛冶は、火を使う。
顏も焼けるが、飛び散った火の粉のせいで着物のあちこちに焦げた穴があく。
「おう。助かったぜ。命拾いした。
それにしてもお前さんは背丈は低いが、力士みたいな力持ちだ。
腕の力もたいしたもんだ。
いやいや。ありがとうよ。お前さんのおかげさんでアブねぇトコロを助かった。
ありがてぇ、ありがてぇ」
助けに入った忠治が年下と知ると、とたんに野鍛冶の口が横柄になった。
「なんでぇ。まだ16のガキかよ。
サムライには見えねえが、お前さんはいったい、何処の何者なんだ?」
「さっき名乗った通りさ。俺は、国定村の長岡忠次郎。
野鍛冶みたいだが、そういうお前さんこそいったい、どこの何者だ」
「おっ。こりゃあ悪かった。
助けてもらったのに礼も言わず、名を名乗るのもあとになっちまった。
俺の名は、五郎。
生まれは加賀の小松。見た通り、野鍛冶が俺の仕事さ」
「加賀の鍛冶屋がなぜこんなところで、久宮一家にからまれているんだ?」
「わけ有りでな。大金が必要なんだ。
ナタやカマ、クワの農機具を作っていたんじゃ、稼ぎはたかが知れている。
手っ取り早く大金を稼ぐのには、イカサマ博打がいちばんだ。
そうだ。助けてもらったついでだ。
俺のために、ついでにもうひと肌、脱いでくれねぇか。
只とは言わねぇぞ。
礼はそれなりにたっぷりするから」
「なんだぁ。呆れた男だな。
久宮一家の縄張りの中で、まだ、イカサマ博打で稼ぐつもりかよ。
こんど見つかったら、それこそ大変だぞ。
命がいくつあっても、足らなくなるぜ」
「だからこそ、おめえに相談だ。
たしか忠治といったな、お前さん。
おまえさんの腕っぷしを見込んで、俺の用心棒になってくれないか。
あんたが居れば久宮一家の連中も、俺に手出しができなくなる。
そうすりゃ短期間のうちに、がっぽりと大金を稼ぐことができる」
「よほど金に困っているようだな。そんなに大金が必要なのか?」
「おうよ。どうにもこうにも切羽詰まっているんだ、いまの俺は」
「大金を、何に使うんだ?」
「女だ」
「女?」
「女を身請けするために、どうしてもまとまった金が居る」
(13)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一章 忠治16歳 ⑧
忠治が生きた時代。博奕は厳しく禁じられている。
しかし博奕は庶民の娯楽として、日常茶飯事的に何処でも行なわれていた。
気心の知れた仲間が集まれば、すぐに博奕が始まる。
仲間の家はもちろん、畑の中や道端、寺社の境内、坊さんが混じり、
本堂で開帳することもある。
女や子供がまじっていることも珍しくない。
しかし。日常的にひらかれている博打では、大金は動かない。
100文から200文、稼ぐのがせいぜいだ。
(1文は、およそ12円)
大金が動く博奕場は、貸元と呼ばれる博奕打ちたちが仕切る。
貸元は客の安全を保証して、博奕場をひらく。
見返りとして保証料に当たるテラ銭を、勝った客から受け取る。
ちょっとした仲間内の博打なら目こぼしするが、それなりの金が動く賭場を
勝手に開くと、博奕打ちたちが放っておかない。
簀巻寸前になっていた男は忠治が睨んだ通り、やはり野鍛冶の職人だった。
野鍛冶は、火を使う。
顏も焼けるが、飛び散った火の粉のせいで着物のあちこちに焦げた穴があく。
「おう。助かったぜ。命拾いした。
それにしてもお前さんは背丈は低いが、力士みたいな力持ちだ。
腕の力もたいしたもんだ。
いやいや。ありがとうよ。お前さんのおかげさんでアブねぇトコロを助かった。
ありがてぇ、ありがてぇ」
助けに入った忠治が年下と知ると、とたんに野鍛冶の口が横柄になった。
「なんでぇ。まだ16のガキかよ。
サムライには見えねえが、お前さんはいったい、何処の何者なんだ?」
「さっき名乗った通りさ。俺は、国定村の長岡忠次郎。
野鍛冶みたいだが、そういうお前さんこそいったい、どこの何者だ」
「おっ。こりゃあ悪かった。
助けてもらったのに礼も言わず、名を名乗るのもあとになっちまった。
俺の名は、五郎。
生まれは加賀の小松。見た通り、野鍛冶が俺の仕事さ」
「加賀の鍛冶屋がなぜこんなところで、久宮一家にからまれているんだ?」
「わけ有りでな。大金が必要なんだ。
ナタやカマ、クワの農機具を作っていたんじゃ、稼ぎはたかが知れている。
手っ取り早く大金を稼ぐのには、イカサマ博打がいちばんだ。
そうだ。助けてもらったついでだ。
俺のために、ついでにもうひと肌、脱いでくれねぇか。
只とは言わねぇぞ。
礼はそれなりにたっぷりするから」
「なんだぁ。呆れた男だな。
久宮一家の縄張りの中で、まだ、イカサマ博打で稼ぐつもりかよ。
こんど見つかったら、それこそ大変だぞ。
命がいくつあっても、足らなくなるぜ」
「だからこそ、おめえに相談だ。
たしか忠治といったな、お前さん。
おまえさんの腕っぷしを見込んで、俺の用心棒になってくれないか。
あんたが居れば久宮一家の連中も、俺に手出しができなくなる。
そうすりゃ短期間のうちに、がっぽりと大金を稼ぐことができる」
「よほど金に困っているようだな。そんなに大金が必要なのか?」
「おうよ。どうにもこうにも切羽詰まっているんだ、いまの俺は」
「大金を、何に使うんだ?」
「女だ」
「女?」
「女を身請けするために、どうしてもまとまった金が居る」
(13)へつづく
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