落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (9)       第一章 忠治16歳 ⑤

2016-07-06 10:14:43 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (9)
      第一章 忠治16歳 ⑤




 赤城の山麓を見つめていた忠治が、4人へ視線を戻す。
「それで親分を切られた久宮一家は、その後はどうなっているんでぇ?」
忠治が生まれた国定村と、となりの田部井村を縄張りとして支配しているのは、
いまだに久宮一家だ。
サイコロで遊んでいた富五郎が、ふと手をとめ、忠治の問いかけにこたえる。



 「甥の豊吉ってえのが、跡目を継いだ。
 しかしまだ若え。先代の親分と器が違うらしく、力量もねぇって話しだ。
 子分もだいぶ減っちまったようだ。
 何とか潰れず、青息吐息で持ちこたえてる状況だって、もっぱらの噂だ。
 いま売り出し中なのは、島村の伊三郎だな」


 「島村の伊三郎・・・聞いたことがねぇなぁ」忠治が首をひねる。



 「知らねえのも無理ネェ。
 だがいまこの親分は、飛ぶ鳥を落とすほどの勢いをもっている。
 利根川の河岸は、ほとんどこの親分が仕切っている。
 世良田(せらだ)祇園の賭場には、各地から親分衆が集まって来るそうだ。
 落ち目の久宮一家にかわり、八州様の御用聞きも務めてるから、勢いが有る。
 だけどその勢いも利根川から北の、ここらあたりには届いてこねぇ」



 「どうしてだ。なぜ、そんなことが言える?」



 「利根川の北には、百々(どうど)村の紋次親分がいる。
 伊勢崎には半兵衛の親分がいる。どちらも大前田の親分とは兄弟分だ。
 いくら勢いに乗っている伊三郎親分といえども、百々村から北へは、
 勢力を伸ばせねえのさ」


 「なるほど。富五郎、お前、ずいぶんと詳しいな」



 「へへへ。興味が有るんだよ、侠客の生き方に。
 けどよ。だからといって、そう簡単に侠客になれるわけじゃねぇ。
 これからは、大前田一家の身内になんのが一番だ。
 しかし。大前田の親分から、子分の盃を貰うのは難しいそうだ。
 2年間は三下(さんした)として修行する。
 それが明けて、はじめて子分にしてもらえるそうだ。
 修行もずいぶん厳しいという」



 「へぇぇ、富五郎は侠客になりたいのか。
 なるほどな。サイコロ振りがうまいお前さんには、ピッタリだな」


 
 「どうだ忠治。お前も侠客にならねぇか。
 どうせ短い一生だ。面白可笑しく生きたほうが楽しい。
 だいいち博打うちってのは、誰が見てもかっこいい。
 銭にも苦労なんかしねぇからな」



 「忠次。おめえも道場主なんかやめて、博奕打ちになったらどうだ。
 お町なんか目じゃねえぜ」と、さらに富五郎がまくしたてていく。
「綺麗な姉ちゃんを、思いっきり侍(はべ)らせて、いい思いもたんまりできるぜ」
と目を細めてニンマリと笑う。



 「親父が生きていれば、俺もばくち打ちになってもいいと、考えた。
 だがよ。お袋ひとりに苦労ばっかりさせるわけにはいかねぇ」



 「たしかにおめぇの家は、おふくろさんひとりで持っている。
 そうだよな。ひとりで頑張っているおふくろさんを泣かせたら、バチが当たる。
 じゃ、ばくち打ちの道はすっぱりあきらめて、せいぜい剣術に精を出すんだな。
 だけど、俺はやっぱり、侠客の道を行く」



 富五郎が、立ち上がる。
右手にしっかりと、サイコロが握られている。
富五郎は剣術より、いかさま混じりの壺振りを得意としている。
ここ一番というとき、自在にサイコロの目をあやつる手腕はたいしたものだ。



 (たしかにこいつは、サイコロひとつで飯を食う、侠客家業に向いている。
 だが俺は、そうはいかねぇ。
 おふくろのためにも、一生けん命に腕を磨いて、はやく道場主になる。
 そいつが俺のできる、たったひとつの親孝行だ・・・)




 靄の晴れてきた赤城山をふたたび見つめる忠治は、今年で16歳。
このあと忠治は、自分でも思っていない運命をたどっていくことになる。



 しかしそれはまた忠治と同じ年の、五目牛村の千代松。国定村の清五郎。
曲沢(まがりさわ)村の富五郎も同じことだ。
ひとつ年下で、田部井(ためがい)村の又八も、忠治とともにやがて
博徒の道をたどっていくことになる・・・

  
(10)へつづく

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