落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (19)       第二章 忠治、旅へ出る ④

2016-07-20 09:48:46 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (19)
      第二章 忠治、旅へ出る ④



 「相手は、何人だ?」


 「3人です」又八が、乾いた声でこたえる。
田部井(ためがい)村の名主の家までは、およそ1里。
急ぎ足の忠治が、名主の家の門の前に着いたとき。
屋敷の前でやじ馬たちが、たいへんな人だかりをつくっている。
心配そうな顔が、屋敷の中をのぞきこんでいる。



 又八が、人々を押しのける。
忠治が無言のまま、左右に分かれた人ごみの中をすすんでいく。



 菊の花が見事に咲いている庭のど真ん中に、赤い血の跡がみえる。
縁側に、遊び人風の男3人がいる。
縁側に、兄貴分のような男がどっしりと座りこんでいる。
その足元に、土下座している名主の姿が見える。
残った男2人がそれぞれ右と左から、名主の背中を見下ろしている。
佐与松の姿は、どこにも確認することが出来ない。


 最前列に居た見物人が、忠治をふりかえる。



 「なんでぇ。誰かと思えば、おめえはとなり村の忠治じゃねぇか。
 おめえなんかの出る幕じゃねぇ。引っ込んでろい」


 「子供がいるはずだ。そいつはどうした。いま、どこにいる?」



 「ガキはまだ、無事のようだ。
 ぐるぐる巻きにされたまま、縁側の隅に転がされている」



 「斬られた佐与松は、どうした?」



 「バッサリ斬られて、ほとんど即死の状態だ。
 相手の男は腕がたつ。師範代を呼びにやったから、もうすこし待ったらどうだ。
 ひとつ間違えば、おめえも佐与松の二の舞になる」



 「そいつばかりは、やってみなきゃ、わかんねぇだろう・・・」



 かまわず忠治が、前に出る。
「忠治だ。忠治が来たぞ・・・」「へぇぇ、あれが国定村の忠治か・・・」
見物人の間から、どよめきがあがる。
名主の右に立っていた男がやじ馬の声につられて、うしろを振り返る。



 「なんでぇ、おめえは?」男の鋭い目が、忠治を睨む。



 「国定村の忠治だ。
 わけ有って、そこに転がされているガキをもらい受けに来た。
 他に用事はねぇ。ガキを返してもらえば、このまま黙ってここを去る」



 「このガキは、勘助の身内だそうだ。
 そうそう簡単には返せねぇな。
 どうしても欲しいと言うのなら、腕ずくで奪い取ったらどうだ。
 だがよ。おめえのような若造に負けるような、俺たちじゃねえけどな」



 左に立っていた男が、長脇差の柄に手をおいてズイと前へ出てくる。
腕に、そうとうの自信が有りそうだ。
柄においた右手に、いつでも抜くぞという気迫がみなぎっている。



 「腕ずくで取れと言われりゃ、仕方ねぇ。
 遠慮なくいくから、覚悟しな。あとで泣きをみてもしらねぇぞ。
 こう見えても赤堀村の本間道場の四天王のひとり、国定忠治だ」



 「本間道場だって?」縁側に座っていた男が、じろりと鋭い目を忠治に向ける。
「ケンカ剣法で知られる赤堀の本間道場の四天王じゃ、お前らには敵わねぇ。
どれ。ようやく俺の出番の様だな。そこをどけ、お前ら」
のそりと立ち上がった男が、2人の男を押しのけて前に出てくる。



 「国定村の忠治とか言ったな。
 度胸だけは褒めてやる。
 だが相手が悪い。手加減しないでいくから、おまえのほうこそ覚悟しな。
 今日が命日になってもしらねぇぜ。
 へへへ・・・運が悪かったな。俺は、北辰一刀流を使うんだ。
 忘れちゃいねえだろうな。
 真庭念流はその昔、北辰一刀流の千葉修作に打ち負かされていることを」

 
(20)へつづく


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