落合順平 作品集

現代小説の部屋。

忠治が愛した4人の女 (8)       第一章 忠治16歳 ④

2016-07-05 10:26:51 | 時代小説
忠治が愛した4人の女 (8)
      第一章 忠治16歳 ④




 「そういえば、どうしているんだろう、大前田の英五郎親分は?」



 大前田 英五郎といえば、上州を代表する侠客だ。
持ち前のキップのよさと腕っ節の強さから、関東一の大親分と呼ばれている。



 その大前田英五郎が、いまから8年前。
敵対していた久宮(くぐう)一家の親分を、闇討ちで斬り捨てた。
それがもとで、いまもその身を役人たちに追われている。
子分たちとともに、諸国をさまよっている。



 「殺された久宮一家の親分といえば、東上州一帯を仕切っていた大親分だ。
 しかも悪いことに、八州(はっしゅう)様の御用聞きをしてたらしい」



 「えっ。そいつを殺(や)っちまったのか、大前田の英五郎親分は。
 そいつは厄介だ。
 役人に追われているんじゃ簡単に、旅から戻って来られねなぁ・・・」



 「兄弟分の月田の栄次郎、武井の和太郎の3人で月田の明神様の祭りの夜、
 久宮の大親分を殺っちまったのよ。
 そん時は、すげえ雨で、雷も落ちたって噂だぜ。
 大前田一家が今のようにでっかくなったのは、英五郎さんのおかげだ」


 「で、英五郎さんは、いまはどうなっているんでえ?」



 「いまだに国を越えて逃走中よ。
 八州様の御用聞きを殺しちまったんだ。もちろん大手配だ。
 いまも旅から旅へ歩いているはずだ。
 なにしろ旅に出てから、もう、まる8年も経ったんだ」
 


 「8年にもなるのか・・・」うぅ~んと忠治が、口をへの字に曲げる。
「いや。江戸で捕まり、佐渡送りになったという話を聞いたぜ」
清五郎が忠治のとなりに寄って来た。



 「俺が聞いたのは、去年のことだ。
 江戸で無宿狩りで捕まり、そのまま佐渡へ送られたそうだ」


 「えっ、捕まって佐渡送りにされたのか・・・
 それじゃあ佐渡の金山で、さぞかし辛い想いをしているんだろうな、親分は」


 「10年間。真面目に働けば帰ることも出来ると言うが、ほとんどの者が
 10年たつ前に死んじまうそうだ」


 「なにっ、殺されちまうのか、みんな!」



 「そうじゃねぇ。事故やら病気やらでみんな死んでしまうのさ。
 佐渡の金山はこの世の地獄だ。
 一日中、暗え穴ん中で、休みなく水汲み仕事をさせられるんだ。
 よほど丈夫な男でも、10年は持たねぇ」


 「じゃ、このまま佐渡で死んじまうのかよ。大前田の親分は・・・」


 「そうともいえねぇ。
 英五郎さんは身の丈が6尺も有るし、すげぇ貫禄も持っているという。
 いまごろは人足をまとめて、佐渡を仕切っているかもしれねぇぞ」



 (帰って来られる可能性は、残っているということか・・・)
忠治が、靄が晴れてきた赤城の峰を見上げる。
赤城山の懐に、栄五郎が生まれ育った大前田村の集落がある。
英五郎の本名は田島だが、なわばりを持った大前田のほうが、いつのまにか
有名になっている。



 16歳になったばかりの忠治は、まだ、英五郎に有ったことが無い。
英五郎が15歳になった時。縄張り内で、敵対勢力の長五郎が賭場をひらいた。
このとき。追い払いにかかったが、賭場で殺傷事件をおこしてしまう。
これがもとで侠客として諸国を流浪したあと、ようやく生まれ故郷へ戻って来るが、
こんどは久宮一家の親分を殺傷してしまう。



 ふたたび英五郎が、旅に出る。
人徳も有った英五郎は、旅先で、侠客どうしの争いを上手に収めた。
謝礼としてもらった縄張りが、全国に200以上もある。
兇状を持っている英五郎は、自分の縄張りに長くとどまれなかった。
産まれ在所にとどまれないという不運を背負いながら、英五郎はいまも、
旅の空の下で生き抜いている・・・

 
(9)へつづく


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