忠治が愛した4人の女 (8)
第一章 忠治16歳 ④
「そういえば、どうしているんだろう、大前田の英五郎親分は?」
大前田 英五郎といえば、上州を代表する侠客だ。
持ち前のキップのよさと腕っ節の強さから、関東一の大親分と呼ばれている。
その大前田英五郎が、いまから8年前。
敵対していた久宮(くぐう)一家の親分を、闇討ちで斬り捨てた。
それがもとで、いまもその身を役人たちに追われている。
子分たちとともに、諸国をさまよっている。
「殺された久宮一家の親分といえば、東上州一帯を仕切っていた大親分だ。
しかも悪いことに、八州(はっしゅう)様の御用聞きをしてたらしい」
「えっ。そいつを殺(や)っちまったのか、大前田の英五郎親分は。
そいつは厄介だ。
役人に追われているんじゃ簡単に、旅から戻って来られねなぁ・・・」
「兄弟分の月田の栄次郎、武井の和太郎の3人で月田の明神様の祭りの夜、
久宮の大親分を殺っちまったのよ。
そん時は、すげえ雨で、雷も落ちたって噂だぜ。
大前田一家が今のようにでっかくなったのは、英五郎さんのおかげだ」
「で、英五郎さんは、いまはどうなっているんでえ?」
「いまだに国を越えて逃走中よ。
八州様の御用聞きを殺しちまったんだ。もちろん大手配だ。
いまも旅から旅へ歩いているはずだ。
なにしろ旅に出てから、もう、まる8年も経ったんだ」
「8年にもなるのか・・・」うぅ~んと忠治が、口をへの字に曲げる。
「いや。江戸で捕まり、佐渡送りになったという話を聞いたぜ」
清五郎が忠治のとなりに寄って来た。
「俺が聞いたのは、去年のことだ。
江戸で無宿狩りで捕まり、そのまま佐渡へ送られたそうだ」
「えっ、捕まって佐渡送りにされたのか・・・
それじゃあ佐渡の金山で、さぞかし辛い想いをしているんだろうな、親分は」
「10年間。真面目に働けば帰ることも出来ると言うが、ほとんどの者が
10年たつ前に死んじまうそうだ」
「なにっ、殺されちまうのか、みんな!」
「そうじゃねぇ。事故やら病気やらでみんな死んでしまうのさ。
佐渡の金山はこの世の地獄だ。
一日中、暗え穴ん中で、休みなく水汲み仕事をさせられるんだ。
よほど丈夫な男でも、10年は持たねぇ」
「じゃ、このまま佐渡で死んじまうのかよ。大前田の親分は・・・」
「そうともいえねぇ。
英五郎さんは身の丈が6尺も有るし、すげぇ貫禄も持っているという。
いまごろは人足をまとめて、佐渡を仕切っているかもしれねぇぞ」
(帰って来られる可能性は、残っているということか・・・)
忠治が、靄が晴れてきた赤城の峰を見上げる。
赤城山の懐に、栄五郎が生まれ育った大前田村の集落がある。
英五郎の本名は田島だが、なわばりを持った大前田のほうが、いつのまにか
有名になっている。
16歳になったばかりの忠治は、まだ、英五郎に有ったことが無い。
英五郎が15歳になった時。縄張り内で、敵対勢力の長五郎が賭場をひらいた。
このとき。追い払いにかかったが、賭場で殺傷事件をおこしてしまう。
これがもとで侠客として諸国を流浪したあと、ようやく生まれ故郷へ戻って来るが、
こんどは久宮一家の親分を殺傷してしまう。
ふたたび英五郎が、旅に出る。
人徳も有った英五郎は、旅先で、侠客どうしの争いを上手に収めた。
謝礼としてもらった縄張りが、全国に200以上もある。
兇状を持っている英五郎は、自分の縄張りに長くとどまれなかった。
産まれ在所にとどまれないという不運を背負いながら、英五郎はいまも、
旅の空の下で生き抜いている・・・
(9)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一章 忠治16歳 ④
「そういえば、どうしているんだろう、大前田の英五郎親分は?」
大前田 英五郎といえば、上州を代表する侠客だ。
持ち前のキップのよさと腕っ節の強さから、関東一の大親分と呼ばれている。
その大前田英五郎が、いまから8年前。
敵対していた久宮(くぐう)一家の親分を、闇討ちで斬り捨てた。
それがもとで、いまもその身を役人たちに追われている。
子分たちとともに、諸国をさまよっている。
「殺された久宮一家の親分といえば、東上州一帯を仕切っていた大親分だ。
しかも悪いことに、八州(はっしゅう)様の御用聞きをしてたらしい」
「えっ。そいつを殺(や)っちまったのか、大前田の英五郎親分は。
そいつは厄介だ。
役人に追われているんじゃ簡単に、旅から戻って来られねなぁ・・・」
「兄弟分の月田の栄次郎、武井の和太郎の3人で月田の明神様の祭りの夜、
久宮の大親分を殺っちまったのよ。
そん時は、すげえ雨で、雷も落ちたって噂だぜ。
大前田一家が今のようにでっかくなったのは、英五郎さんのおかげだ」
「で、英五郎さんは、いまはどうなっているんでえ?」
「いまだに国を越えて逃走中よ。
八州様の御用聞きを殺しちまったんだ。もちろん大手配だ。
いまも旅から旅へ歩いているはずだ。
なにしろ旅に出てから、もう、まる8年も経ったんだ」
「8年にもなるのか・・・」うぅ~んと忠治が、口をへの字に曲げる。
「いや。江戸で捕まり、佐渡送りになったという話を聞いたぜ」
清五郎が忠治のとなりに寄って来た。
「俺が聞いたのは、去年のことだ。
江戸で無宿狩りで捕まり、そのまま佐渡へ送られたそうだ」
「えっ、捕まって佐渡送りにされたのか・・・
それじゃあ佐渡の金山で、さぞかし辛い想いをしているんだろうな、親分は」
「10年間。真面目に働けば帰ることも出来ると言うが、ほとんどの者が
10年たつ前に死んじまうそうだ」
「なにっ、殺されちまうのか、みんな!」
「そうじゃねぇ。事故やら病気やらでみんな死んでしまうのさ。
佐渡の金山はこの世の地獄だ。
一日中、暗え穴ん中で、休みなく水汲み仕事をさせられるんだ。
よほど丈夫な男でも、10年は持たねぇ」
「じゃ、このまま佐渡で死んじまうのかよ。大前田の親分は・・・」
「そうともいえねぇ。
英五郎さんは身の丈が6尺も有るし、すげぇ貫禄も持っているという。
いまごろは人足をまとめて、佐渡を仕切っているかもしれねぇぞ」
(帰って来られる可能性は、残っているということか・・・)
忠治が、靄が晴れてきた赤城の峰を見上げる。
赤城山の懐に、栄五郎が生まれ育った大前田村の集落がある。
英五郎の本名は田島だが、なわばりを持った大前田のほうが、いつのまにか
有名になっている。
16歳になったばかりの忠治は、まだ、英五郎に有ったことが無い。
英五郎が15歳になった時。縄張り内で、敵対勢力の長五郎が賭場をひらいた。
このとき。追い払いにかかったが、賭場で殺傷事件をおこしてしまう。
これがもとで侠客として諸国を流浪したあと、ようやく生まれ故郷へ戻って来るが、
こんどは久宮一家の親分を殺傷してしまう。
ふたたび英五郎が、旅に出る。
人徳も有った英五郎は、旅先で、侠客どうしの争いを上手に収めた。
謝礼としてもらった縄張りが、全国に200以上もある。
兇状を持っている英五郎は、自分の縄張りに長くとどまれなかった。
産まれ在所にとどまれないという不運を背負いながら、英五郎はいまも、
旅の空の下で生き抜いている・・・
(9)へつづく
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