忠治が愛した4人の女 (18)
第二章 忠治、旅へ出る ③
蚕の時期は、年に4回。
4月の春蚕(はるご)からはじまる。
夏蚕(なつご)、秋蚕(あきご)とつづき晩秋(ばんしゅう)で最後になる。
これ以上遅くなると、桑畑へ霜が降りる。
蚕の大切な食料が霜にやられて、黒く焦げてしまう。
蚕の期間中。女たちはせっせと蚕の世話を焼く。
蚕と呼ばず、『おかいこ』あるいは『おかいこさま』と大事に呼ぶ。
糸を吐きはじめると、家の中がとたんに忙しくなる。
納屋から繭を作らせるための場所へ、蚕の大移動が始まる。
忠治が戻ったのは、ちょうどドタバタの大移動がはじまったところだ。
帰って来た忠治に、誰も注意をはらわない。
みんなそれどころではない。
ザルに居れた蚕を、母屋の2階へ運んでいく。
母もお鶴も、使用人も、手伝いを頼まれた近所の女房たちも、ただドタバタと
ザルを手に、母屋と納屋の間をあわただしく往復する。
(忙しそうだな。だが俺にはかえって、好都合ってもんだ・・・)
使用人たちを横目に、忠治が離れの部屋へ入っていく。
旅の支度と、五郎にもらった義兼が置いてある。
押入れの奥。古い行李(こおり)の下に、内緒でためた大金が置いてある。
何かの時のためにと忠治が、博打の稼ぎを貯めておいたものだ。
そいつを懐へ入れ、旅の支度を整えている時だった。
あわただしく廊下を走る足音が、聞こえてきた。
使用人ではないようだ。
ガラリと障子が開いて、汗びっしりの又八が顔を出した。
「たっ・・・たいへんだ。忠治の兄貴よう。いっ、・・・一大事だ!」
又八が、部屋の中へ転がり込んできた。
よほど慌てていたのだろう。
ワラジを履いたままだ。汚れた足のまま、奥の部屋へ駈け込んで来た。
「なんでぇ、ワラジも脱がず、血相変えて飛び込んできゃがって。
なにがどうした、そんなに慌てて。
ひょっとして、おめえんちのトンビがタカでも産んだか?」
「つまらねぇ冗談なんぞ、言っている場合じゃねぇ兄貴。
ホントに一大事なんだってば!」
「だから何がどうしたってんだ。なにがいってぇ一大事なんだ」
「嘉藤太の家に、ならず者たちが乗り込んできた!。
留守番を頼まれていた佐与松さんが斬られて、そりゃもう田部井村は大騒ぎだ」
「なんだって。ならず者たちがいきなり乗り込んで来たって・・・
留守番なら、もうひとり居ただろう。
たしか、浅とかいう竹槍を持った小生意気なガキが居たはずだ。
そいつはどうしたんだ、無事なのか」
「そいつなら、ならず者たち縛られて、人質にされちまった。
嘉藤太も勘助親分もいねえから、これじゃ話にならねぇとならず者どもが
浅を連れて、名主の家に乗り込んでいった」
「名主の家に乗り込んでいった?
穏やかじゃねぇなぁ。押し込んだのはいったい、どこの何者なんだ」
「久宮一家に世話になってる、流れ者らしい。
縄張りのことで言いがかりをつけに来たが、あいにく嘉藤太も勘助親分も留守だ。
それで嘉藤太の親がわりをしている名主の家に、難癖をつけに
押し入ったらしい」
「よし。話はわかった。
ほっとくわけにいかないだろう。捕まっちまった浅のガキが心配だ。
加勢に行く、案内しろい!」
忠治が、義兼を片手に立ち上がる。
表に向かって駆けだそうとする又八を、忠治がうしろから呼び止める。
「ばかやろう。表から飛びだしてどうする。
刀を持って出るのが見つかってみろ。おふくろやお鶴が大騒ぎするだろう。
ここは誰も居ない、裏口から出て行こう。
くわしい話はみちみち、おいおい聞かせてもらうから」
(19)へつづく
第二章 忠治、旅へ出る ③
蚕の時期は、年に4回。
4月の春蚕(はるご)からはじまる。
夏蚕(なつご)、秋蚕(あきご)とつづき晩秋(ばんしゅう)で最後になる。
これ以上遅くなると、桑畑へ霜が降りる。
蚕の大切な食料が霜にやられて、黒く焦げてしまう。
蚕の期間中。女たちはせっせと蚕の世話を焼く。
蚕と呼ばず、『おかいこ』あるいは『おかいこさま』と大事に呼ぶ。
糸を吐きはじめると、家の中がとたんに忙しくなる。
納屋から繭を作らせるための場所へ、蚕の大移動が始まる。
忠治が戻ったのは、ちょうどドタバタの大移動がはじまったところだ。
帰って来た忠治に、誰も注意をはらわない。
みんなそれどころではない。
ザルに居れた蚕を、母屋の2階へ運んでいく。
母もお鶴も、使用人も、手伝いを頼まれた近所の女房たちも、ただドタバタと
ザルを手に、母屋と納屋の間をあわただしく往復する。
(忙しそうだな。だが俺にはかえって、好都合ってもんだ・・・)
使用人たちを横目に、忠治が離れの部屋へ入っていく。
旅の支度と、五郎にもらった義兼が置いてある。
押入れの奥。古い行李(こおり)の下に、内緒でためた大金が置いてある。
何かの時のためにと忠治が、博打の稼ぎを貯めておいたものだ。
そいつを懐へ入れ、旅の支度を整えている時だった。
あわただしく廊下を走る足音が、聞こえてきた。
使用人ではないようだ。
ガラリと障子が開いて、汗びっしりの又八が顔を出した。
「たっ・・・たいへんだ。忠治の兄貴よう。いっ、・・・一大事だ!」
又八が、部屋の中へ転がり込んできた。
よほど慌てていたのだろう。
ワラジを履いたままだ。汚れた足のまま、奥の部屋へ駈け込んで来た。
「なんでぇ、ワラジも脱がず、血相変えて飛び込んできゃがって。
なにがどうした、そんなに慌てて。
ひょっとして、おめえんちのトンビがタカでも産んだか?」
「つまらねぇ冗談なんぞ、言っている場合じゃねぇ兄貴。
ホントに一大事なんだってば!」
「だから何がどうしたってんだ。なにがいってぇ一大事なんだ」
「嘉藤太の家に、ならず者たちが乗り込んできた!。
留守番を頼まれていた佐与松さんが斬られて、そりゃもう田部井村は大騒ぎだ」
「なんだって。ならず者たちがいきなり乗り込んで来たって・・・
留守番なら、もうひとり居ただろう。
たしか、浅とかいう竹槍を持った小生意気なガキが居たはずだ。
そいつはどうしたんだ、無事なのか」
「そいつなら、ならず者たち縛られて、人質にされちまった。
嘉藤太も勘助親分もいねえから、これじゃ話にならねぇとならず者どもが
浅を連れて、名主の家に乗り込んでいった」
「名主の家に乗り込んでいった?
穏やかじゃねぇなぁ。押し込んだのはいったい、どこの何者なんだ」
「久宮一家に世話になってる、流れ者らしい。
縄張りのことで言いがかりをつけに来たが、あいにく嘉藤太も勘助親分も留守だ。
それで嘉藤太の親がわりをしている名主の家に、難癖をつけに
押し入ったらしい」
「よし。話はわかった。
ほっとくわけにいかないだろう。捕まっちまった浅のガキが心配だ。
加勢に行く、案内しろい!」
忠治が、義兼を片手に立ち上がる。
表に向かって駆けだそうとする又八を、忠治がうしろから呼び止める。
「ばかやろう。表から飛びだしてどうする。
刀を持って出るのが見つかってみろ。おふくろやお鶴が大騒ぎするだろう。
ここは誰も居ない、裏口から出て行こう。
くわしい話はみちみち、おいおい聞かせてもらうから」
(19)へつづく