いちよう:二千和会だより

 会報「いちよう」を通して、人生がさらに豊かに広がるよう「今も青春!」の心がけで楽しく交流しながら散策しましょう。

お気軽に中国へ②-c

2009年11月19日 | SO-Color

   
 平江歴史地区散策。東方のベニスとも言われているここは平江の蘇州運河。
 《生まれは蘇州、遊ぶは杭州、食は広州、死ぬは柳州》って中国では言われているそうだ。死ぬは柳州っていうのは、この地の木の質が固いから棺桶が丈夫なんだそうだ。
 
 その平江歴史地区見物で、Chiekoちゃんは、昨日足首をくじいた部分が痛みがひどくなり不安が募って、バスで待機すると言われた。彼女をひとまず陳さんに任せて、私たちはガイドの陸さんの後に従った。

 昨日高速道路サービスエリアの薄暗いトイレ(どこも薄暗く感じているが。)を使い、出る時にドアのすぐ下が階段になっているとは思わなくて躓いて両手をついて転んだという。足首ねじれたようになったのだろうか? だんだん痛みが激しくなったと言う。ちょうど、バスを降りるときそのことを聞いてMasakoさんが用意されていた三角巾で、靴と足を支えるように縛って固定したので、彼女は大分楽に感じたようだった。

  
  ここは運河のほとり。二千和会で、こことよく似た千葉県佐原を散策したが、見どころは佐原の方があった…とKinueちゃんは評価。
 またそこで、少し離れたトイレットに5人の方が行ってしまったので、Ayakoちゃんと二人で待っていたひととき、ガイドさんにデジカメ・スイッチを押してもらった。あまり皆がゆっくりだったので私は皆の様子を見に行き、Ayaちゃんひとり取り残された。
  
 その時にAyaちゃんがちょっと恐かったのだそうだ。それは現地の方が両方から怪しく近づいてきて危険を感じる空気に、皆の居るトイレット方向へ逃げて難を逃れたと、怖そうに話された。やはり一人と見ると、何やら狙って、近づいてくるようだ。言葉が通じないし不気味さが倍増することもあるよね。

  
                                    
  夕方は上海で「広東料理」。“上海蟹”を戴く。はじめに蟹を食べた人は勇気がある、食べて美味しいものと発見することを解いたから蟹としたとガイドさんの説明。フィンガーボールのお湯はお茶の葉が入っていた。生臭い匂いを消すのに大変効果的と実感、「日本に帰ったらその知恵戴き!」

  
 夕食後外灘からの夜景を観賞して一旦ホテルへ回り、オプションの黄浦江ナイトクルーズに参加する。
 右の写真の左端、す~~っと上に真っ直ぐ伸びたビルが〔森ビル〕。刀剣のような形と中国人は噂していると言う。 
 テレビ塔、この丸い建物は国際会議場、そして森ビルも、古い諸外国の立派な銀行の建物も林立していて夜景に煌めいていた。その夜景の見事さ、美しさ…船の上から見るとりどりの明かりがまばゆく煌めき、とっても綺麗だったが、空模様があやしかった。とうとう船から降て待っていたバスに乗る頃には、本格的に雨が降り出した。
 そのあとバスに送られて、希望者は足つぼマッサージの店に出向いた。
 
 女王様気分で、足をぬるま湯に漬けてから足の裏を丁寧に揉みほぐしてくれるので、それは心地よい。揉みの施術者はお客の私たちに、三言四言、片言の日本語があちこちに飛び交っている。一番多く聞かれた言葉は「Daijoubu(大丈夫)?」「Itai(痛い)?」「Kimothi ii(気持ち良い)?」「Arigatou Gozaimasu(有難うございます)」
 足裏を丁寧に揉みほぐし、仕上げに両腕のもみほぐしと背骨の調整をして終わる。
 不幸なことに最後の背骨のマッサージで私は「痛い!」と悲鳴。 だってマッサージ嬢の膝小僧を、私の背骨に当てて背中から私の両肩に手を置いて姿勢を反らせる…ちょっと痛かったので「痛い!」と言うと「A,Gomen-nasai (御免なさい)」で終わった。

 このせいか? 3日後、日本に戻って車に乗って市川から戻ったが、運転席から降りる時、腰が変だと思った。翌朝布団から出ると、背骨が痛くてぎっくり腰の感覚のようになっていた。足裏は本当に気持ち良かったのに…。