syuの日記・気まま旅

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小岩・影向の松

2011-04-25 | syu散歩
下総国甲和里が変じて「小岩」になった。江戸時代は、江戸川の市川橋付近は、関所があり、渡し場になっていた。
1899年総武本線「小岩駅」が開業、1933年市川駅まで電化に、1969年地下鉄東西線、1988年京葉線、道路も拡張され、水田、ハス田は住宅に変わっていった。
JR小岩駅前は、フラワーロード、サンロードと乗降客で賑わう商店街が続く、江戸川湖畔には、北原北秋が約一年居を構えている。
「柴畑草舎」と名付けている。作品は、白秋小品、短歌の煙草の花など残している。

「八幡神社」祭神 誉田別命、 葛飾区鎌倉、 旧鎌倉新田村鎮守、もと別当浄光院 、相模鎌倉郡、源右衛門が当地開発に際し、1624-44年に鎌倉八幡宮を勧請して氏神としたと伝えられ、江戸時代には旧鎌倉新田村の鎮守。

                                    小岩から見た市川橋
      


「萬福寺」真言宗豊山派の寺院。
萬福寺は、五社山明寿院と号す。宥唯上人が開山となり、1536年創建。明治15年に区内で2番目の公立小学校が本堂を借りて開校したので区登録史跡となっている。
小岩生まれで近代相撲の開祖といわれる第44代横綱栃錦の菩提寺。

  


「善養寺」真言宗豊山派に属し星住山地蔵院という。「小岩不動」とも言われ「影向(ようごう)の松」で知られている。
銅版ぶきの本堂は、1845年の再建されたもの。

  


「影向の松」は、樹齢600年以上と云われている。東西の枝の長さ約30m。繁茂面積は日本一。都天然記念物指定。影向とは、神
仏が姿を現すという意味。




境内は12000m2ある。中央に「影向の松」が、どんと茂っている。松を囲むように仁王門、大師堂、鐘楼、星降の松などがある。
 
  


「篠崎公園」
千葉県との境を流れる江戸川の堤防の西に広がる公園。広場と運動施設を備え、緑地の少ない東部地区にあっては、貴重な存在。
昭和15年の紀元2600年記念事業としての公園。
一部に高射砲陣地などが設けられ、その他は農地に。戦後、再び公園に、今後、計画に従って、南部区域が造成される。

  


「浅間神社」
木花開耶媛命、 大山祇神の娘で、石長姫神・など祀られている。内火難消除、安産、航海、漁業、農業、機織などの守護神として信仰。
平安時代932年に下総国弥山の人弥山佐奈比が神人として奉仕したと風土記にある。
正史に言う承平天慶の乱のとき、将門平定と関東の平安を祈り、940年に平貞盛が霧島神社を祀り、金幣と弓矢を献し祈願した。
浅間神社の創建は、天慶元年(938)5月15日で、1100年の歴史を持つ。

    


夕日を浴びながら江戸川土手をウオーキング、江戸川は1654年幕府が江戸の水害防止のため、利根川大改修をし分流し、
運河として利用東京湾に注ぐ、長さ59.9km。

  


「寿昌院」
黄檗宗の寿昌院は、江島山と号し、草創は寛文年間といわれ、貞享元年(1684)に寿昌院桂月元皎禅尼が開基しました。
山号 江島山、院号 寿昌院、住所 江戸川区松本、本尊 千手観音像、 松本弁天。

境内の弁天堂にちなんで、「松本弁天」とも呼ばれている。
「臥竜の松」は樹齢270年といわれ、枝を広げた姿の美しい名木である。



今回で江戸川方面終わります。