写生自在21 朝鮮時代
畳む手に重なる紅や秋の㡡 迦 南
沈みゐる岩紫や熱帯魚 〃
内陣に護摩の火紅し山桜 〃
春葱を掘りゐる少婦(カシナ)赤ズボン 〃
1句目、蚊屋という生活用具が姿を消したのは1960年代以降の事でしょうか。ずいぶんと久しくなったものです。往時はどこの家にも部屋の四隅に吊り手がぶら下がっており、夏になるとそれへ蚊屋を吊ったものです。6畳用、8畳用、10畳用と蚊屋にもサイズがあり、へりには赤い布で仕切りがあって、畳むときはそのへり布を重ね合わせました。この句はそこを詠んでいるのですが、もうすぐ御用済みとなる蚊屋に愛惜を感じているのです。
2句目、水槽に泳いでいる色鮮やかな熱帯魚。底に沈めてある岩の色がくすんだような紫。その岩がこの句のポイントです。沈みゐる岩という叙法は無機物の岩に意志があるかのような詠み方になっています。これを擬人法と呼んでいますが、それが成功しています。
3句目、作者が山寺を訪ねたとき住持は祈祷の最中で、内陣が薄暗いために燃え立っている護摩の火が作者の眼に強烈に印象付けられました。この山寺はあまり知られていない寺とするよりは、天台とか真言とかの古刹としたほうが僧侶の袈裟の色なども見えてより味わい深くなります。
4句目、カシナとルビを振ってありますが、これは朝鮮語なのでしょう。葱を掘るというのですからこの畑は雪に埋まっているのです。その雪の上に赤いズボンの少女を配して印象明瞭な句になりました。
以上 4句に特徴的なのは迦南の色彩感覚です。朝鮮時代の句で色彩を意識して詠んだ句はこの4句よりなく、色彩豊かな句を詠むのはあまり得意ではなかったようです。