古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

これから古文書に挑戦したい方のための読み合わせ会です。また独学希望の方にはメール会員制度もあります。初心者向け教室です。

書翰用文鑑1 表紙及び試筆

2016-06-06 13:21:47 | 書翰用文鑑

 会員の平井さんがヤフオクで購入された古文書を読んでみることにします。著作権を気にしなくても良いので全文を掲載できます。

 和綴じで46枚もある長文の古文書ですが、項目毎に区切りをつけて連載物として掲載するつもりです。それなりに中身のある文書ですから古文書好きの方にはよろこんでいただけるものと確信します。

 中牧岸之助という人物がこの著作の作者と推定されますが、全く無名の人のようでネットの検索にはヒットしません。冊子の終わりに大平郷藤尾村という居住地らしい文字が記されていますが、これも地図上に特定できません。

 江戸時代後期から明治にかけて手習いの師匠として世渡りをしていた一人の武士を想像しますが、その人が遺した古文書であるという以上のことは何も分かりません。

慶応四戊辰年

書翰用文鑑

蘭月吉祥

 蘭月というのは陰暦七月の異称です。この表題の冊子は慶応四年七月に作成されたということです。また左側の崩し字は「鶴」とおもいます。露に似ているのですが微妙に違います。四字も書いてあり、それも一字は裏側から書いています。

 これは文字の練習なのです。どこかへ提出した正文の扣などにこうしたことがよく見られます。紙が貴重だった時代においては珍しいことではありませんでした。こういうことからこの冊子が板行を意図した物でなく個人の雑記帳的文書であったことが窺えます。

試 筆

楽民之楽者

民亦楽其楽

みやこぞはるのにしきなりけり

正月元旦 中牧岸之助

年徳大善神

 試筆というのは筆ならしという程の意味でしよう。楽民以下は孟子の言葉です。ネットで検索可。みやこ・・は古今集和歌集にある歌の後半部です。後に出てくる。

 正月元旦は恐らく慶応四年の正月元旦なのでしょう。その二日後の三日には京都に於て鳥羽伏見の戦いが勃発。日本史の激動が始まります。

 年徳(としとく)の神は陰陽道から来たことばで恵方神のこと。ウィキ情報にあります。

試 筆

佳辰令月歓無極

万歳 千秋楽 未央

みわたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春のにしきなりけり

正月元旦 中牧岸之助

年徳大善神

 佳辰の「佳」は嘉の当て字でここは嘉辰でなければなりません。と言うのはこの成句は「和漢朗詠集」下巻「祝」からの引用だからです。朗詠集には「嘉辰令月歓無極 万歳千秋楽未央」とあります。「祝」の題からここはめでたいことばを並べてあるのです。それぞれの意味はネットで検索できますよ。

 みわたせば・・の和歌は古今集にある素性法師の歌です。これもネットで簡単に見ることが出来ますが、終七のむすびが、ここでは「なりけり」と終止形を採っていますが、原歌では「なりける」と連体形になっています。歌人はこういうところに細心の注意をはらうのであつて、「けり」とされては面目なしというところでしょう。

 この古文書を雑記帳的と言ったのはそういう雑なところが散見されるからです。

奉 牽牛織女

風従昨夜声弥怨

露及明朝涙不禁

秋立ていくかもあらねとこのねぬるあさけの風ハなをもすずしき

      星 夕

            中牧岸之助

 これも「和漢朗詠集」上巻秋七夕からの引用です。次のように読みます。

風ハきのふの夜より声弥(いよいよ)怨み、露ハ明朝に及びて涙禁ぜず。怨という字をまちがえています。死に心などいう漢字はありません。

秋立ちて幾日(いくか)もあらねばこの寝ぬる朝明(あさけ)の風は手本(たもと)寒しも 安貴王

万葉集にある歌ですが、これも正確な表記になっていませんね。


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