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【公孫竜】中国思想解説#10【名家】【白馬は馬に非ず】

2021-08-22 06:10:32 | 哲学の窓

哲学チャンネルより 【公孫竜】中国思想解説#10【名家】【白馬は馬に非ず】を紹介します。

ここから https://www.youtube.com/watch?v=tJs73xgOKJk

 

※関連した過去動画
【カント①】西洋哲学史解説【純粋理性批判】【認識論のコペルニクス的転回】 https://youtu.be/VjxGKSoU2qA
西洋哲学史 古代ギリシャ哲学解説【プラトン】① 〜イデア論・善のイデア〜 https://youtu.be/cbAuGHu64ao
※書籍 公孫竜子 (中国古典新書) https://amzn.to/39ae2ub
 
とっつきづらい哲学や心理学の内容を、出来るだけわかりやすく完結に お伝えすることを目的としたチャンネルです。 
 
動画の書き起こし版です。
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公孫竜に関するエピソードはそれほど多くはありません。 彼は趙の国に生まれ、恵文王の弟である宰相の平原君に仕えていたといいます。 時代は紀元前500年ごろ。 当時の戦国時代においては秦が力をつけ始めており、各国を侵略しはじめていました。 秦が趙に大勝利することになる長平の戦いの後、首都の邯鄲(かんたん)が包囲されてしまいます。 しかし、平原君が楚や魏に援軍を求めたことにより、なんとか秦を退けることに成功します。 この戦果に対して学者の虞卿(ぐけい)が平原君に進言します。 「戦の褒美として王に領地を求めましょう」 平原君がそのことについて公孫竜に相談すると彼はこう答えました。 「あなたが宰相になれたのも、領地を与えられたのも あなたが王の弟だというだけであって、成果に対してのものではない それなのに、下々の者と同じように戦果に対して褒美をもらってしまうと、 あなたの格を下げることになる」 この説得によって平原君は戦果に対する褒美を求めないことにしたと残っています。 この出来事によって、公孫竜はブレーンとして重用されることになりました。 これは、後に陰陽家の鄒衍というブレーンが現れるまで続きます。 公孫竜の思想は【公孫竜子】として残っています。 しかしこれは本人が書いたものではないとされていて 全14巻のうち、現存するのはそのうちの6巻のみです。 名家の思想は『論理学』であると言えます。 中国大陸では論理学がそこまで発展しませんでしたが 名家においては、古代ギリシアで議論されていたような概念論が展開されています。 公孫竜子の『指物』においては認識論が語られます。 存在に対して指を差すことでその存在が初めて認識されることから 人間は何かしらの認識作用をもって存在を認識しているとしました。 同時に、その認識作用自体を認識することはできないと言います。 これはカントの認識論と非常に似通っていますね。 物自体をアプリオリな認識作用で捉えることによって 初めて人間が理解できる形式に変換されて我々の目の前に現れる。 その考えを根底に置き、公孫竜は事物に対しても考察します。 『堅白』の巻では『離堅白』として ものの概念について論理的に思考をしていきます。 例えば堅くて白い石があるとして 堅いという感覚は手で触れないと判断できないし、 白いという感覚は目で見ないと認識できません そのことから、堅くて白い石の『堅い』と『白い』は別個の概念であり それぞれが個物を離れて単独で存在すると考えました。 プラトンのイデア論において 事物のイデアがこの世界とは別の世界で単独で存在している と考えた思想と非常に似通った性質を持っていますね。 公孫竜は、『堅くて白い石』のような存在は同一に語るべきではなく 『堅い石』と『白い石』という二つのものとして判断すべきだと主張します。 非常に難解な認識論と見ることもできますし、 ただの言葉遊びでしかない詭弁にも思えます。 実際にこの思想が元になった『堅白同異』という古事成語は 『辻褄の合わない無茶な理論を展開すること』という意味で使われます。 同じような文脈で語られたのが『白馬は馬に非ず』です。 白馬は『白い』『馬』です。 『白い』という概念は万物に存在する『色』という概念であり 『馬』という概念は万物における『形』の概念です。 つまり白馬とは色と形の複合概念であり、 形だけの概念である馬とは次元が異なる存在だから 白馬は馬ではない。と主張したのです 少し角度を変えて考えると、 例えば、5+7は12です。 このとき、7=12という式は成り立ちません。 同様に、白い+馬=白馬です。 このとき、馬=白馬が成り立たないと言うのです。 論理はわかるけど、出てきた結果は到底理解できないものですね。 実際、白馬非馬論は後の思想家たちに詭弁だとして処理されました。 孔子は『政治を始めるなら、まずは名を正す』と言いました。 これは、身分(名)を明らかにすることでその役割をはっきりさせるという意味です。 身分に対応した役割をはっきりさせることによって、 それぞれのやるべきことを示すことが何よりも大事だと考える 非常に儒教らしい考え方です。 公孫竜はこれを世の中の事物に当てはめようとしました。 実体(名)を論理的に突き詰めることによって、 その役割をはっきりさせようとしたのです。 『天』の実態とは何か? 『善』の実態とは何か? 『徳』の実態とは何か? 古代ギリシアにおいてはこのような疑問がスタートとなって 論理学という大きな学問が生み出されました。 しかし、中国においての名家の思想は単なる詭弁だとされて そのうちに忘れ去られてしまいました。 個人的には西洋哲学と東洋思想の、大きな分岐点の一つが ここにあったのではないか?と考えています。
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