にをいがけからはじめよう

おみちに引き寄せられて25年。
落ちこぼれようぼくだけど精いっぱいのにちにち。

春の大祭ウォーク

2023年01月11日 20時42分29秒 | 祭典日
上級教会の春の大祭でした。
大根の日でもあったので、ご神饌用の6本を
なんとか探させていただき今月も無事にお供え
させていただけました。ホッとした。

そっからの上級への参拝なので着いたのが12時前後。
まだ上半だったと思います。遅めの私だったけど、
それでも、外の入り口で青年さんらがお待ち下されて
いたので、「こんな時間まですみません」と恐縮だった。
おやさまもこんな感じでお待ち下されているのかな。

すべて終わって、お孫ちゃんたちのことも気には
なったけど(いつもですが気にしてない振りしてます)帰りながら、
にをいがけを少しさせてもらってからようやく帰宅したのが5時過ぎ。
元気に参拝に行ってこれたので良かったです。
いい感じの空気間の中にいることができたことが
ありがたかった。すでに主人は仕事から帰っていたので、
着替えてから雨戸閉めてから晩御飯のしたくだ。



しかし、今日も疲れたなーーーーー。
朝から夜まで家のことも主婦はしないとなので、
うちは食事がみんなばらばらだよ。その都度、作って出してをする。
メニューが違うことなんてほぼ毎日だよ。
取り急ぎ、主人のを好きなものを早めに出してあげてから
遅く帰ってきた子供たちのをゆっくりと、

材料を見てアレンジしたり作るってことが多い。
自分も主人と食べたり、お腹が空いていなかったら
子供たちのどっちかに合わせて準備して食べたり。

今日もがんばった。
まだ子供は帰ってないので台所は広げっぱなし。

今週あと2回、大祭が続きます。
お弁当も楽しみにしつつ大祭の理をいただきに

みんなで参拝させていただこう。
三年千日の一年目の春の大祭です。
^^

私がこの家で初めての人だった。

2022年12月12日 17時44分54秒 | 祭典日
昨日は上級の納めの祭典日。
参拝に行かせていただいた。祭儀式が始まる前から
拝殿に入れるのはいつぶりでしょうか。
今月は所属教会への神饌ものが大根ではないので
早めにお供えできたから、晴れ晴れとした気持ちで

早い時間に行かせていただけた。


会長様の御挨拶で最後のほうにとても印象的な
お話しを聞かせていただけた。”お道の日記”を急いで
開いて書き留めた。忘れてなるものか!!
今の私の心に響きました。


「石は、けられてけずられていつか丸くなって
人間に拾ってもらえる石になります」
会長様は袂から丸くて白くてかわいい石を出してみせて下さった。
日常的なことをお道のお話にのせて下さるので
とてもぐっときました。

また、「生きていれば色んなことがある。
そこに神様の思召しがあるとすれば必ず受け入れられるはず」
生きていれば色んなことがある。
私は耳の身上でいまだに苦しいときがある。
傷つくときがある。けど傷ついてなんかいないと思えば
平気になってくる。それが普通のことだから。





29年ほど前の一番最初の修養科のとき、
教養掛の先生が私に言って下さった言葉があった。

『あんたは素直だから耳のご守護をいただけるね。』

この言葉をそのまま受け止めて、3ヶ月通ってみたけど
聞こえるようにはならなかった。その修養科のときは
補聴器を持っていない頃だったので、聞こえないことが
多かったはず。けど、いまよりも難聴度が低かった気がする。
聞こえにくくって困ってはいたけど、今と比べたら聞こえていたはず。

授業はよく聞こえていなかった。
(つなぎのないまま)なんとか3ヶ月を伏せこませていただいていた。


教養掛の先生はどういう意味で言って下さったのだろう。
そのことを教会の拝殿で理をいただいた記憶もなく、
そのままになっていた。

教養係りの先生は、聞こえにくいのが解消されると
言った訳ではなくって、その言葉の意味をこれから始まる
お道の信仰のなかに自分でみつけてくれたら、とか
想って下さっていたのでしょうか。
年限と共にそういうことを考えました。





明日もあさっても平気なふりして、よく分からなくても、
神様の御用をさせていただき生きていく。(家の中でも主人の前でも)
聞こえる声を拾って受け入れて理解する努力をして生きていく。

聞こえるとか聞こえないとかそこに視点を置かないように
教友の中で立ち振る舞う毎日。




にをいがけのときは、耳がどうのこうのって
あまり気にしないでいられます。聞こにくくて残念に
思うことはしょっちゅうだけど、苦しんだりしない。
悩むことはあるけど、仕方がないと諦めちゃう癖がついた。
切り替えが早いってやつです。
外にいるときのほうがラクに通れます。



今日は初めての家の方と語らいました。
私よりは上のご婦人。70代はじめの人懐こそうなおばさま。
お断りされたあとの会話。
「天理教の人は回ってきますか?」
『天理教?この辺は来ないんじゃない?』
「良かったーー」
『良かった?!』
「はい。天理教来ないんじゃ私が初めてってことですよね。
珍しいんですよね!天理教。」
『そうね。』
この家にとって私は初めての天理教の人間ってことでわくわくしてきた。
「陽気ぐらしなんです。」
『え?!』

「生きていたらいやなこともあるけど、どんな中も喜ぶ心で
切り替えて切り替えて通りましょう。」

こんな雑な説明では分かりにくいだろうな。でも勢いです。
聞いてくれていた奥さんはそろそろ早く
話を終わらせてほしいだろう。なので、
「陽気ぐらし、覚えてといてくださいね」と仕切った。
うんうんと受け入れてくれっぽかった。お互い何度も

頭を下げ、お礼をいいながら、家を後にした。

今日は気持ちのいい天気で冷気が耳元をすり抜ける。
気持ちが良かった。声もとてもよく通っていたし
話がラクにできました。ありがとうございました。
時間で仕切ったので大して出来ていない。昔この道、

この家に来たことあるな、と思う場所を今日出来た。
ありがとうございました。










11月の月次祭

2022年11月13日 20時23分03秒 | 祭典日
月次祭、三味線にあたっていた。
お座のくだりだった。最高に幸せな時間だった。

落ち着いて、周りの音をよくきいて地方に合わせて
弾くことができた。本当にうれしかった。
「おつとめ」の調べは本当に心落ち着きます。
三味だけど、目標であるお琴の音色に近い気がした。

長男はなにをつとめていたんだろう。
笛かな?そういえば、みてない。位置的に見えない。
長男がふく笛の音に似ていたくだりがあった。
上半か下半。きっとあれだ。


仕事がおわった主人を迎えに帰宅して
また教会に戻ってお孫たちにも会えたし
主人は嬉しそうだった。なんとか次男にも参拝を
してほしかったので、働きかけて、、、、、
一瞬だったみたいだけど、参拝には行ってくれた。
日曜日だから、若い男の子達も残っていて
人ごみだったらしい。
苦手な空間だったと想うけど、そういう参拝でも
神様は喜んでくださっている。


そうして、今月の月次祭は終わった。
今月もありがとうございました。


奮起と実働の日

2022年10月30日 09時22分42秒 | 祭典日
今日は一日通して気持ちのいい日で、信仰を振り返る日でした。
毎日のように振り返っている私には
なんとも言えませんが、おつとめは三味に奮闘させていただいた。

信者さんのお話しは女子青年時代からの3人のお子持ちの方。
道中が若いお母さん方のお手本になっていただけるような内容で
みなさんも刺激を受けたのではないでしょうか。

そっか。お話しのお当番にあたった方が信仰を振り返ったので
みなさん聞いていただきたい、、、ということ。

神様への神饌ものを撤収するお手伝いをさせていただいてから
教会をあとにしました。どこでにをいがけをしたんだっけ。

あーーー、家の近くのスーパーからちょっと歩いたあたりを
戸別させてもらった。4時近かったかな。家を回りながら
在宅者が多めなので思い出したことが今日は土曜日!!!


「今日、土曜日じゃん~~」
いきなり思い出してインターホン越しにそうつぶやいていた。

私は思ったことをそのまま口にしてしまうところがあって、
気をつけないとだ。
10軒させてもらって、帰りました。



駅前のリーフレット配りにまた苦心したいなって思い始めている。
以前苦手克服で毎日のように駅前に立っていた時期があったけど、
そのときはしんどいのだけど、やっただけのことは見せていただける。
得意な方もいると思うけど、私にとっては心を低くする場所。
もってこいの御用だと思っている。


どこででもいただける

2022年10月20日 18時30分38秒 | 祭典日
上級教会の祭典日。
4人で行かせていただいた。
今日も天気が良かったですね。

とてもいいお話だったみたいです。私は拝殿の前から2列目の
中心あたりにたまたま座らせて頂いたんだけど、
難聴の私には酷な場所だった。うっかり忘れてました。
おつとめ中から前へ前へと人の移動があったので、
今日の場所で話を聞いてしまった。
以前から分かっていたことなんだけど、コロナ禍で今日のように
もとに戻りつつあるような形も祭典もなかったので
うっかりしてました。
所属教会だったら、どこにスピーカーがあるのか知っているので、

そのあたりに座ったりできるんですけど
上級はそうはいかない。

せっかくの上級で頂くお話が聞けないなんてもったいないけど
私は慣れている。けど惜しい気もしなくはない。けど、
ひのきしんをして下さっている方もたくさんいるのだし、
お話を聞いた聞かないだけではないものがある。
私も話の内容は分からないけど、理はいただけている。



今日は帰りの車のなかで教えてもらった。
いいお話しだった。
『いつもと違うルートでいつも通らない道を歩いていたら
手引き親になる人に声をかけられた』とのことだ。
声をかける側の私にしたら、なかなかの言葉だった。

いつ、どんなときにどんな場所で出会いがあるかわからない。
出会いにオンオフはないのだよ。身にしみている。
オフのときに大事な人に出会えるかもしれない。





私の場合は昼間の戸別で出会って、オフである夜のコンビ二で再会だった。
向こうから気がついてくれたのに、、、、、くやしい。
なんとか3度目の再会を目指します。コンビ二に行くときは、
必ずオンの状態で行こうって決めるきっかけになった。