にをいがけからはじめよう

おみちに引き寄せられて25年。
落ちこぼれようぼくだけど精いっぱいのにちにち。

早寝朝起きが特効薬

2019年06月27日 21時55分28秒 | 他のおみち話

天気のせいか血圧のせいか
朝から体調不良だったけど、
にをいがけも母の見舞いも行ってこれた。

 

 

早く寝よう。。。長女も帰宅が早かったのでできそう。

夕方に鎮痛剤を飲んだらだんだんと復活してきて
だいぶ元気に夕づとめ。


裏舞台だけど

2019年06月26日 20時46分00秒 | 他のおみち話

ちょっと大変な思いをして歩かせていただくと
神様はやはり放っておかないで下さるようだ。
3日間の活動であらためて思い知った。毎日一つずつ話のタネ。。。。。

話したいけど、教会に報告に行けていなかったので知っている方は
わずかの方だった。他にも書きたいことがあったけど
追いつかなくって新鮮味がなくなってしまう。いいのか。。。

 

 

 

今日は12下りの総立ちの日。拝殿が埋め尽くされた。
1ヵ月ちょっと毎日12下りをお手振りしていたことの中には
大変だった分、自分の身についてくれていた部分もあったようだ。
畳の上でのお手振りの足の裏の感覚もなんだかなつかしく、、、、
たたみに穴があかないようにずれながら、させてもらっていたなー。


 

もう眠くなってきた、、、、早いでしょう。
まだやりたいことがあったし。夕べは寝つきが悪くって2時半まで起きてました。
こういうときは脳みそを疲れさせるのがいいんだから
ツムツムをいじってました。お孫の動画をくりかえしてみていたら、
あくびが・・・・・


家から徒歩で歩こう3日目

2019年06月23日 20時33分37秒 | 地元の布教

身体のあちこちで痛みを発している朝だった。笑

左側の腰が痛かった、、、足首も。肩や首はガチガチに凝っている。
年を感じてしまう、、、ずっとこんなだったら辛いなぁぁ

 

今日も家からにをいがけに行く。そうはいってもかなりの弱気。
「10軒で終わりにしようかなぁぁ」とか・・・・・・
身体が悲鳴を上げているような、、、

気になっていた近所のアパート。いつだったか母子さんが出入りしていたのを
見かけて気になっていた。けど、全室お留守。

 

 

とぼとぼとぼとぼとぼとぼ・・・

 

 

トボトボトボトボ・・・・・・・

 

 

ただ移動をするだけの時間。
どこへ行かせてもらえばいいんだーーー。
交差点ってカギを握っているような気がする。

 

 


家を回っていて道に出ようとしたら目の前を人が通過。足の身上のようだった。
帽子をかぶってて杖をついてて、、、年配の方でよく見かけるふうな方だった。

ちょっと迷った。進行方向が一緒なので追い越しながら「こんにちは」とお声かけ。
お顔を拝見したらお若いのでビックリした!!!

「若いじゃない!」って思わず言ってしまった。
私よりも20年は年下に見えた女性はとても気さくな方だった。
脳梗塞で半身がちょっと不自由で、リハビリを兼ねてお散歩をされている。
明るい笑顔で家族のみなさんも助けてくださると言う。お子さんもまだ小さい。

『受け入れることができているから本当に大丈夫です』と
笑顔でおさづけも断られた。
この子なら大丈夫かなって思ってしまった。
「年配の方がなるような病気に若くしてなってしまったのには意味があると思う」と私。

医師からそこらへんは聞いているという。中学時代にスポーツをやってこなかった
人は先に行って自律神経がどうとかこうとからしい。
自分もそうじゃん!!自分大丈夫かいな。理の上ではどんな意味があるのか
拝殿で伺ってみようと思っている。

 



家族の中に病気の方ができたとき、絆が強くなる場合と逆の場合もあると言うこと。
私は長女の身上を通して会話のない夫婦が会話をするようになって一生懸命考えたこと。
詳しくは書ききれないような事をじっくりと彼女は聞いてくださった。
家のほうにも行かせてもらっても構わないとも言って下さった。
『こんなとこでこんなお話しを聞けるとは思わなかった』と謙虚な方だった。



 

こんな出会いを神様は用意してくださってました。
もったいないような出会いです。次につなげたい。
家が分かったとはいえ、なかなかいけない自分だ。
これじゃなんのためににをいがけをして人と出会いたいなんて言ってるのか
わかんないよ、、、意気地のない人間だわ・・・・






 

 

 

 


家から徒歩で行こう2日目

2019年06月19日 09時23分50秒 | 地元の布教

昨日は歩き初めから足が痛かった。にをいがけに行くっていうのに
行って帰ってきたような状態に不安がよぎる。
前日の足の疲れが取れていない・・・・・・・・・・。

どこが痛いって足首の上(弁慶の泣き所)が痛い。夕べシップを貼ったところ。
ちょうどこどもおぢばがえり(KOG)の初日の朝かならず痛くなる場所だ。
懐かしい一年ぶりの痛みだ。
KOGでは写真ひのきしんだから。

 

家から歩いたには違いないけど、
駅が近いので一駅下って降りて、歩いて戻りながらにをいがけをさせて
いただくことにした。自分がどうやったらやる気になるのか考えることも
大事なのではないか、、、、、自分で考えることがミソ(?)。。

そんなにやる気がなくてもだんだんと意欲がわいてくる、、、ものだ。

 

 

一駅下った駅で降りて、しばし戸別訪問をしていた。
踏み切りをわたり、駅向こうへ移動をして行ったら車が出たり入ったりの家があった。
そこはとばして、その隣の家をピンポンしたらさっきの車の運転の方が
『なんか用ですか?』と。自分の家らしいかった。
天理教の布教活動をしているyoshiですと言うと、自分の実家は財産すべてを父親の後妻にだましとられてしまって、なにもなくなった、という話をしだしてくれた。後妻さんというのが天理教の教会の奥さんだった方らしかった。昔は信仰熱心の方が財産家の畑もお供えしてしまって家族は本当に生活が苦しくって大変だったという話を聞くけど、今はそんなことはないと思っていた。
嫌な気持ちにさせてしまって、、、、、と謝られたけど平気だった。
その方は当時は子供。あとになってから周りの大人から色んな事を聞かされたんだろうなって思わせていただく。

その方の恨み事を聞かせていただくのも今日の私の仕事だったと思うと共に、
「貧に落ちきる・・・・・・・おやさまじゃん」って。
後妻さんがやったことっておやさまのひながただよね、と。
私が聞かせていただいた内容をシンプルに考えるとそうなるのではないか。

 



なぜこのような方に会わせてくださったのか。
日常的にもっとおやさまを感じさせてもらって通りなさいってことかと。
おやさまをわすれてませんか、と。

上級の会長様がおっしゃっていた。
どんな災害の中にも親神様のご守護はきっとあるはずです、と。
家族にとっては鬼のような最悪な後妻さんだったとはいっても、楽しい日、嬉しい日、他にも良かったことはあったのではないか、、、そういう部分は語られていかないのはなぜですかね。

 

 

 

こういうお道のひどい話を聞かせてもらっても、きっと何か誤解があったんだよ、と思ってしまうのだけど、このあとしばらくやる気はダウンしてしまった。
コレじゃいかんと思って気持ちを奮い立たせた。

 

 

出会った方で深い部分で感じさせていただいたり
自分のなかの引き出しを増やしていける。そんなかには話のタネを
一つ一つしまっておいて、いつでも蒔けるようにしておくんだよね。
時々確認しないと自分の持っているものを忘れてしまう。



今日もありがとうございました。