にをいがけからはじめよう

おみちに引き寄せられて25年。
落ちこぼれようぼくだけど精いっぱいのにちにち。

やってきたことはどこかに現れる

2018年05月31日 20時24分59秒 | 意識改革

にをいがけの時間はそれほど取れていないけど
毎日が忙しく充実しているのではないか。
明後日になったら新しいスタイルになって
再スタートかな。

意識改革は忘れないで、自分で変えていこうと思う。
忘れている人ばかりだと思うんだけど、
そのうち思い出すでしょう。忘れてもまた浮上してくる。

覚えて実行している人間が発信していけばいい。

 

にをいがけは夕方近くになってから
通りすがりの住宅を回らせていただく。
めっちゃ懐かしいというか初めてくらいのところ。
もっと話がしたいんだけど、、、、、
もっと話がしたかったですね。

 

 



昔の自分のことを知っている教友の話はいま聞くと面白かったりする。

『yoshiさん、会活動の集まりで順番に意見が欲しかったとき、
隣りにいたyoshiさんから指名をしたんだけど、
「いい。なにも話すことない。しゃべりたくない」って言ってたんですよ。』


と当時の芯の方が昨日苦笑いで言ってまして、、

私はすごく納得できちゃう当時の自分の態度に共感して

「今と大して変わらない、、、、」と言って笑ったんだよねー私。

 

『そんなことないですよ!!今はよくしゃべるようになったですよ!!』

2人の教友が訂正してくれたのは嬉しかったかな。

「他にも何かあったら思い出したら教えてくださいね~」と
お願いしておいた。

本当によくしゃべるようになったと思います。お道のおかげです。
にをいがけおたすけのおかげ様です。
布教は話してなんぼ。歩いて伝えてなんぼ。

ずっと続けてきたことは、にをいがかからなくっても
お席者をご守護いただけなくっても、
自分自身のスキルアップになって来ている。
それがありがたいですかねーーーー。
ささやかな喜びだけどーーー。



 


不安といえば不安だけど

2018年05月28日 08時43分46秒 | 他のおみち話

昨日は修養科の交替日でした。
理の親もおたすけ係りとして詰所に3ヶ月間
伏せこまれるので、言葉にしないでも
みなさんは不安になっていて、私もそのひとりです。

私がブログを始めたころ、、、そうそう。
一回目のおたすけ係りとして行ってらっしゃるときに
スタートしました、私のブログ。

 

私ってなかなか親には近づけなくて通ってきているけど
長男の結婚式もあったりして近年は
心の壁は取っ払えつつありました。


『おぢばから叱咤激励させていただきますので!!
みなさん勇んでお通りください!』

この元気な言葉を拝殿に置いといてくださいました。


この3ヶ月は、重要だな。
どんな記事がここに記録されるのか・・

 

 

 

oyomeちゃんのお産もあるし!

 

 

 

 

おぢばでの一日の歩みと同じ速さで通るわけには
いかない。おぢばはゆっくりですからね。
こっちはもっと早いですね。


今日も必死だった日

2018年05月26日 22時13分24秒 | 意識改革

御本部月次祭でしたね。
教会では12下り総立ちの日。
私は拝殿奉仕の御用でしたよ。

12下りの総立ちも始めてからどのくらい経つんだろう。
最初はやっとだったような大変さだったけど、
だんだんと身体が慣れてきて、、、その日によって
長く感じたり、早く終わった感があったりと。

体調がイマイチの日は間違えたりして。
私は10時くらいはまだ脳が起きていない日もあるよ。
工夫をしないと、、、、、、、、、、、
先月も今月も理の親の後ろで、
後姿をみながらお手を振ってました。
12下りの総立ちは、一手一つだなって感じる。


私の目標とする拝殿のひとつは、
一つのテーブルに集まった者たちが(2人以上5人以内)
同じ課題に対してお互いに共有できて言いたいことが
言いやすくって笑いがあったり、、、
ひとつにまとまっている拝殿での時間です。

話しをふったり意見を引き出したりが大事なことで
一人も話から外れていないようにお当番の先生が
いい状態を作ってあげることがお役目だと思ってます。
いつもそうなれるようにと挑んでいます。
前に座ったみんなに元気になってほしいなって。

親の思いを伝えたり誰かのことをみんなで話し合ったり。
前の日からはっきり言って、気が重いし憂うつなの・・・
でも、やりがいがあるけど、私は外を歩いていたほうが好きだ。

だけど、拝殿奉仕の御用もあたわった以上は必死なの。

今日もありがとうございました!!!






 

 


気持ちは伝えておきたい

2018年05月25日 19時55分08秒 | 祭典日

祭典日の帰り道は、チャリでも清清しい。

家に帰って、すべて着替えたあとはクタクタで

身体が重いです。けど、すっきりです。

明日からまたスタートという気分。

今日は信仰の元一日を振り返る日。
おつとめのあとには、
信者さん2名の方のお話を拝聴させていただきました。
一番前で頑張って聞かせてもらっていたけど
ダメですね。睡魔がやってきます。
顔を見ながら聞いていたんですけどね、、、
濃厚な25年、28年の信仰の方の話でした。
どちらも婦人会の方です。
私のお道人生は、同じ年限でもとても軽く感じますわ。

あとで年下の25年の方に腕をつかまれて
『yoshiさん!聞こえましたかーー!』と
確認されてしまいました。嬉しかったです。

 

 

帰り道の戸別訪問で、出会った方がお道の方。
東北の教会の娘さんという方で、今日の振り返り日の
お話しの当番の信者さんのことを知っている方でした。
お子さんが同級生ということで、所属教会にも何度か
参拝に運んでくださったことがあったそうです。

で、家族に信仰を移しているんだけど
ようぼくにという声かけはしていないんだそうだ。
ご主人さんは、奥さんの信仰に協力的だし
お供えも分かるようですし、、、信仰しているような感じだし
いまのままでいいかなって思うんだそうだ。

もったいないなって思いました。別にお席を運んでいなくても
一緒におぢばがえりをしているし、、、、お道の青年さん以上の
働きをしていると言っても言い過ぎではなさそうだった。
でも、神様もおまつりしていることだし、無理では何しろ
『そろそろようぼくになってみる気はないですか』と笑顔で
軽く言ってみたらいいじゃないでしょうか、と言わせていただいた。

お子さんにも言ってみたらいいじゃないですか。と。。
押し付けなければいいんだし、、と。

 

私だったら、戸別訪問でこういう人がやってきて
にをいがけに回っているような婦人さんがやってきて
そのようなことを言ってくれたなら、神様かなと思って
主人や子供に話してみなさいってことかなとゼッタイに思う。

それはその方の親親から受け継いできている理の重さ
で感じる部分なのかもしれないですね。

私だったらキチンとようぼくになって代を引き渡したい。
子供が先々どうするかは自由だけど、
自分の代で終わらせてしまうのは残念です。反対している
わけじゃないのですし。。。。。親の思いを伝えてあげることは
大事なことですよね。

その方は私が再三勧めるものだから
『じゃ軽く言ってみようかしら』と笑顔で答えて下さったので嬉しかったです。
これもにをいがけに歩かせていただいている私の
つとめなのかもしれないなって思います。

だから私は大西さんのおぢばがえりに関しては
本当にうれしくありがたく思わせていただいています!!
ありがとうございます。。

今日の祭典日は、思いを膨らませることが出来て
嬉しかった。身体は疲れたけど、心は軽しです。
ありがとうございました。

 


oyome

2018年05月23日 18時22分19秒 | 意識改革

oyomeちゃんは今妊娠8ヶ月。

人生初の妊婦さんになって、毎日ありがたくって
喜びで通ってくれています。にをいがけおたすけも
積極的に神様の御用も頑張っています。
彼女の口から不足を聞いたことがない。

そんなかわいいoyomeに対しても心を使ってしまう
ことがある。向こうも”気まずい”と思うことがあるはずだ。
まだ慣れていないというか、、水臭いというか
距離を感じてしまうことも多くて、それは仕方のないことか。

ご縁を頂いて気持ちの向きが変わるようになってから
まだ1年3ヵ月くらいだものなーー。
いつくらいになったら、見えない壁を取っ払えるんだろうか。

壁とは、ひょっとして理で出来ていて越えられないんだろうか。
本当の親子になれるタイミングってあるのかな。
気を使わないで無理をしすぎないで、
楽な空気感を感じられるようになれるんだろうか。

理の関係って水臭さで出来ているんじゃないでしょうか。
そんな気がするんだけどな。情になってはいけないし
理だけではつまらないし、、バランスが難しい。


腹を立てないように理を立てるようにするがよろしいと
別席のお話しで先生がおっしゃってましたよね。
初席のとき、唯一私の耳に残っていた言葉でした。

≪腹を立てずに理を立てよ≫

覚えやすくなっていますよね。。。