見ると自信の湧く模型製作ブログ

お題の通り、主にプラモデル製作について、直線を描くのも切るのも下手な管理人”黒猫2号”の悪戦苦闘の日々を綴っています。

54mm ANDREA Mediebal Knights & Germanic Warrior

2023年06月08日 | フィギュア_アンドレア_ヒストリカル
『ハリケーンMkⅠa Buttle of Britain』のフィンフラッシュ問題がまだ解決していません
シリアルNoについては一応、自分なりの結論は出したのですが。

まだバトルオブブリテン始まりまで時間が有ります
もうちょっと調査?検討の時間が有りそうなので、結論(塗装)は先送り(笑)
そんな訳で?約一年ぶりのヒストリカル物、全部ホワイトメタル製です

そう云えばここんところ作ってないなぁ~という事で
押し入れから引っ張り出してきました(^^;

どれを作ろうか、と眺めている内に人選が面倒くさくなってきて(まただ)
結局、紋章で悩むことがなさそうな3体をまとめて面倒見よう、となったのですが...

ヒストリカル、三体まとめて面倒見よう~の初回です
選んだのはこの三つ

向かって左から
”Medieval Knight,ⅩⅢc.” ”Turkish Warrrior 725” ”Germanic Warrior 180 A.D”です
箱裏です、

ヒストリカルでは、これが唯一の組立て/塗装指示?云うべきものです( ̄▽ ̄;)

パーツです
一番”Medieval Knight,ⅩⅢc.”

二番”Turkish Warrrior 725”

三番”Germanic Warrior 180 A.D”

三体とも斧や槍などはしっかりひん曲がっていましたので、これは手でしごいて直した状態です💦

各パーツともうっすらですがパーティングラインが残っていますので
プライマーを塗る前にここを均します


基本体を組み立てました


残りのパーツは塗装との兼ね合いを考えながら接着していきます

”Medieval Knight,ⅩⅢc”はサーコートの紋章から、すぐにテンプル騎士だと判りますが
”Turkish Warrrior 725”は謎
この時代のトルコは東ローマ(ビザンティン)帝国の支配下に有ったと思うので
東ローマ帝国の兵士(又は傭兵)だと思うのですが
パルティアのカタフラクト(超重装騎兵)を思わせる、どこか東洋風の甲冑や衣装は
「ではないか?」と云う憶測さえも立てにくいのです
「725」とはっきり西暦が記載されて有るので
今までの例からも何かの戦いが有った年ではないかと思うのですが...?
これが探し出せ無くて
この年を挟んで少し前の717年は、サラセン軍がコンスタンティノープル包囲に失敗した年で
少し後の732年は、サラセン軍がトゥ―ルーポアティエで敗北した年です
しかしこの725年は年表レベルでは何も記述が無く、今もって「分からん」の世界です(-_-;)

”Germanic Warrior 180 A.D”の紀元後180年と云う年は
ローマ帝国でコンモスズ帝(五賢帝の最後、マルクス=アウレリウスの実子)が即位した年
彼は愚帝又は暗帝と後世評価された人物で
その即位年をタイトルにしたゲルマン戦士の姿は、それからの混乱を暗示しているのかも...

そう云えば、キットの台座よく見るとローマ軍団兵のヘルメットが転がっていて
(赤丸で囲ったところ)

ガッツリ、大きな刀傷というよりフィギュアが担いでいる斧で付けられたような傷がついています(;'∀')

【続く】