北海道でノンビリと

タブタブの何処かへ行こう を改題しました。
何処かへ行く機会も減ってきたので 北海道を楽しもうと思ったからです

家内の声だけに反応する私の耳

2019-04-08 16:47:42 | 速報


未明 真っ暗闇の中、耳元でささやくルンバの声。

昨日の長距離運転の疲れで爆睡していた私には、寝室が別の家内が深夜に訪ねてくることが現実のこととは思えない。

よく聞き取れなかったけれど、もしかしたら・・・・・「抱いて」と云ったのだろうか・・・・・
でも無理だなぁ・・・・・ジェームスの起動には時間がかかるし、もし起動できたとしても本体に自信がない。

半分寝惚けて寝返りをうったら、今度は少し大きな声で「あっ、違った。●●さんじゃなくて××さんの家だ」と聞こえた。

何事だろうと目を開けてみたら真っ暗闇の中にルンバらしき人の影。そして赤い回転灯の光がカーテン越しに差し込んでいた。

「何?どうしたの?」とカーテンの隙間から外を見たら、いつの間に集まったのか大型消防車が糞詰まりでもしたように狭い家の前の道路に並び、サイレンと共にもう一台が車列に加わった。



暗闇の中懐中電灯の光が激しく動き周り、梯子を掛けられて2階の窓から消防隊員が出入りしているのが見えた。

前後左右の家の名前しか知らない私は、それ以上離れると顔も名前も知らない。
それが××さんと云う家なのだと知り、いつも手元に置いているカメラを構えた。

この写真を添付すると私の正体がバレるので添付はしないけれど、その後救急車で61歳の御主人と19歳ぐらいの息子さん、その友人の女性3人が搬送されたが意識はあるとのことだ。



スリスリとルンバの話では、炎は見えなかったが煙が噴き出たのは確認できたとのこと。そう云えば窓枠が少しだけ黒いように見える。

今朝、警察の規制線が張られ鑑識が到着。テレビカメラも来た。惰眠を貪っていた私に動きがある度に報告するので寝ていられない。





それにしても深夜、あれだけの消防車がサイレンを鳴らして大集合しているのを全く知らず、ルンバのささやき声だけに素早く反応するとは、私の耳は一体どうなっているんだろう。

厚岸毛がに祭り

2019-04-07 21:43:15 | 日記

厚岸町で「毛がに祭り」が行なわれる。

最近は運転に飽きたのか数日に一度運転席に座るかどうかだ。

それがカニの魅力に引き寄せられて久しぶりの長距離運転。車で約1時間の所にある港町、厚岸町へルンバとスリスリを乗せて向かった。







狙いはカニ飯1000円と毛がに甲羅焼き700円だ。鉄砲汁100円も魅力だが汁物は持ち帰れないのでパス。



会場の直売所には、まるでディズニーランドかスカイツリーのような大混雑と大行列。カニ飯は開場30分で売切れていて甲羅焼きは1ケしか買えなかった。
何もかもが大行列で、そんな中並ばなくても買えたのがタイ焼き。







(ざけんじゃねぇ) と怒りと諦め半々の情けない気持ちで車に戻ったのだが、厚岸には「カキ飯」と云うグランプリをとった駅弁があるのを思い出し厚岸駅前の販売店、
氏家待合所へ行った。



ここは注文が入ってから作るシステムのようだ。

先客は一組だけだったのに、オネエサンは一人でアタフタ。私たちが店へ入った途端、営業中の札を準備中に換えた。



どうやら予約が入り焦っていた所に「毛がに祭り」で溢れた人が次々と来るのでどうにもならない状況下にあるようだ。

待っている間、見覚えのある貼紙を見てニヤリ。





ほとんど何も買えなかった「毛がに祭り」へは、もう二度と来るもんかと思いながら帰宅。
ところがドッコイ、かき飯が旨いんだよね。そして初めて食べた甲羅焼きも絶品。





いやぁ困った・・・・・来年、どうしようかなぁ・・・・・

今度こそ 本当に最後

2019-04-06 18:14:15 | 日記


臨港線を走る国内で唯一の石炭列車は廃線が決まり先月3月30日が最終運行でその歴史に幕を下ろした。



通常業務として、粛々と最後の走行を終えてエンジンを止め、記念撮影などの行事も無く、もう二度と走る姿を見られない・・・・・はずだったのだが、何とマニアで構成する「釧路臨港鉄道の会」が国交省や石炭列車を運行する太平洋石炭販売輸送KKに掛け合ってもう一度だけ走らせる許可を得た。

その「石炭列車さよならセレモニー」が今日、臨港鉄道の春採駅で行われる。

先着15組には機関車の運転席を見学したりできるのだが私はそれ程強い鉄ちゃんではないし、案内してくれるのもオッパイちゃんでは無さそうなのでゆっくりと家を出た。

春採駅と云っても炭鉱の専用線なのでホームも無く事務所のような建物だが、その周辺は既に人で溢れていた。







「一度も見たことが無いので芦野から歩いてきたの」と云うリュックを背負ったお婆ちゃんは8キロを歩いてきたことになる。



機関車の先頭には、「さよなら」や「ありがとう」の文字が入ったプレートが付けられていた。







どんどん増える人の間にはテレビ局のカメラも沢山。色々な人にインタビューをしているのだが私の方には誰も寄ってこなかった(涙)



だから、せめてカメラに映ろうとレンズの向いている先に立つ私。







機関手に花束贈呈の後、いよいよ本当に最後の石炭列車が走る。

私は先回りして踏切先の盛り土の上にスタンバイした。

明日行なわれる、北海道知事選、道議会議員選挙の選挙カーが前を通ったが皆の関心は動き出す最終列車に向いているので、選挙のウグイス嬢からは「良い写真を撮ってください」と逆に応援されて苦笑い。

気温は5度。凍結した春採湖から吹き付ける風はさらに冷たい。





普段はイライラする踏切も、今日だけは視線に暖かさを感じる。







運転席から手を振る機関手の姿に「これで本当に最後なんだ」と云う思いが膨らんだ。





ポタリと落ちたのは、惜別の涙・・・・・ではなくて鼻水。

だって本当に寒いんだもの。



優しく お願い

2019-04-04 21:15:32 | 日記



ついに切れた。
薬の副作用で何度もトイレへ通った結果、K門様が耐え切れず裂けたのだ。



うめき声を上げながらウォシュレットは「やわらか」モードを使うのだが、それでも痛い。



テイッシュに軟膏を塗り、痛みに耐えながK門様に優しく化粧を施すのだが効果はイマイチだ。

独りで泣き、独りで苦しんでいたのだけれど耐えきれずルンバに痔が切れたことを打ち明けた。



「ありゃまぁ・・・・・」と驚くルンバと私のK門様とは何十年ぶりかの御対面。
頬染める私は、まるで処女のようだ。

「良い薬があるよ、効くかも知れないから使ってみる?」と云うので探してもらった。
以前、ルンバが腸の手術をした時に病院から処方された薬が残っているらしい。

持ってきたのは、小さなイチジク浣腸のような形をしていた。



「自分で挿れる?」と訊くので 「イヤ、挿れて」とお願いした。

K門様が良く見えるように尻を突きだして左右にグイッと拡げる私。

「良い?、挿れるよ」と云うルンバに「優しくしてね」と懇願。

「痛かったら云ってね、すぐ抜くから」と云うのに
「う・・・・・うん」と覚悟を決めた弱々しい私の声。

(痛い・・・・・)と云う声を飲み込み、そして何か冷たいものが入ってきた感触。

「挿れたの?」
「うん、もう終わったよ」

と云うことで数時間後には痛みも消え、翌日には ほぼ完治。
いやぁ・・・・・ヨカッタ、ヨカッタ。

初めての オトコ

2019-04-03 20:15:28 | 日記


昔々、私の家には楕円形をした木製の風呂桶があった。



まるで酒樽のように周りをタガで締められて水が漏れないようにと作られていたのだが、少しずつ木が腐食してきたのか浴槽を交換することになった。

それで生まれて初めての風呂屋通い。
真冬の凍えるように寒い中、歩いて近所の風呂屋へ行った。



初めての風呂屋は驚きの連続。入口がオトコとオンナで別なのもショックだったが、母親に手を引っ張られてオトコなのにオンナの方に引き摺られたのもショックだった。



色々なオッパイを楽しむ余裕は無くて、逆に見られないようにとモジモジ。

そこで見つけたのが同じ幼稚園に通うY子ちゃん。確か菓子問屋の娘だった。



Y子ちゃんも驚いたようだが、私の驚きに比べたら小さいに違いない。
何しろ周りはオンナばかりで部外者は私の方なのだから。

構造的にオンナはパッカンと開かなければ見られないが、オトコはパッカンしなくても見られてしまう。

結局私はY子ちゃんに初めて見られたオトコになった。



当時人見知りが強くて無口な私は、翌日の幼稚園ではさらに無口。

Y子ちゃんと視線を合わせることさえできず静かにしていたのに、彼女は今まで以上に親しげに寄って来た。

既に私のことを「自分のモノ」と思っていたのかも知れない。