ケンのブログ

日々の雑感や日記

つれづれに思うこと

2020年06月19日 | 日記
「暑いですね」とSさんが言った。
「でも雨が降ると少しはましですね」と僕は言った。「もう梅雨に入っているんですかねえ」

「梅雨にはもう入ってますよ」
「そうですか」と僕は言った。天気図見て梅雨前線が張り出してたら梅雨なんですけどね。最近、天気図見ていないので、と言おうと思ったけれどやめた。
ややこしい話をすると嫌がられるかもしれないし、、、。

「でも雨が降ると湿気がね」とSさんは言った
「そうですね。湿気で蒸し暑いですね」と僕は言った。
「Nさんはクーラーもう入れてますか」とSさんは言った。
「もう入れてますよ」と僕は言った。
Sさんの顔がすこしがっかりしたようだった。
たぶんSさんクーラーまだ入れてないなと思った。

クーラーまだ入れてませんともし僕が言ったら
そうですよね、あんまり早くからクーラー入れると良くないですよね
と話が盛り上がっていたかもしれない。
けれど、そうはならなかった。


「このドリンクのビン、飲んだらカウンターに置いてっていいですか」と僕はドラッグストアの店員さんにいった。
「ビンはあそこの箱に入れてください」と店員さんは言った。

見るとカウンターの奥の左に100円ショップで売っているような小さなゴミ箱があった。
「あそこですね」と僕は言った。

「何ならカウンターに置いてっていただいてもいいですよ」と店員さんは言った。
「いや、ほかす場所がわかってれば自分でほかしますよ」と僕は言った。「コロナになってからどこもほかすとこなくなってしまったから」

「かと言って、ビン持ち帰るのは嫌やしね」と店員さんは言った。
「そうなんですよ」と僕は言った。
話のテンポのいい店員さんだなと思った。さすが大阪。



今日の新聞の国際欄にアメリカの動物園に引き取られることになった大きなリクガメの顔写真が載っている。本当に口が大きくて下あごに分厚い肉がついていて、目は極端に小さい。なんとも言えない顔。

その顔のことをAP通信の記事は「その母親のみが愛することのできる顔」‘’a face only its mother could love‘’と形容している。

can loveとしないでcould loveとcanを過去形にしているのは表現が露骨になりすぎないようにしかるべき譲歩を示していると思われる。別に過去の話をしているわけではない。

英語特有のユーモア表現だなと思う。


そして、道路に飛び出して迷惑だった亀を動物園が引き取ることになった記事にこういうユーモアをつけるのがまたなんとも奥ゆかしいなと思う。

まあ英語圏ではよくある話だとおもうけれど、、、。

でもユーモアって大切だなと思う。