向かい風の中を全力で走った。喉は渇き足も上がらなくなってきたがまだ日は高い。それでも時間はあまり残されてないように感じていた。僕はすべてを放棄しここで足を止め地面に座り込むことだってできた。その引き換えに貧しさと孤独に耐えればいいだけのことで、いっその事ならあの深くて冷たい湖に身を沈めれば楽にもなれる。そんな気持ちが幾度も幾度も頭をよぎったが僕は自身の頬を両手で叩きフラフラになりながら道を進んだ。道端には眉間にしわを寄せ苦悩している人が幾人も僕に向かって手を伸ばし口を動かし何かを叫んでいるようにも見えるけれど、なぜだかそれを聴き取ることができない。額の汗が目に入って風景がぼやけているせいかもしれないし、疲労で聴覚が麻痺しているのかもしれない。僕の足に触れそうなほどに手が伸びてくるけれど、僕は鈍感なふりをした。すると一人の人が僕の前に立ちはだかり「それでいいのか」と言ったが僕は急がねばならない。行く手を阻む人の視線を避けて素通りすると背中に冷やりとした汗がドッと噴き出したがそれさえも知らないふりをした。心が痛まないと言えば嘘になる。振り返り立ち戻って「どうかしたのか。大丈夫なのか」と尋ねてやりたい。しかし今は先の見えぬまっすぐに伸びた細く長い道を走ることで精いっぱいだから構っていられない。倒れている人が僕を恨めしそうに見ている。「どうせお前には何もできないさ」と吐かれたような気がした。頭が割れそうになった僕は大空に向けて叫んだ「許してくれ! 今の僕には何もしてあげられないんだ」
上がらぬ足をふれぬ腕を無我夢中で動かしその場から逃げるように走り抜けた。しかし時間は過ぎ体力も残っていない。意識は薄れ、夕日に照らし出される身体は炎天下のアスファルトに投げ出された氷のように感じる。細胞の一つ一つが炭酸水の気泡のようにぷつぷつと弾け大気に帰してゆく。僕は生きるとは存在するとはこういう事なのだろうかとぼんやり考えた。
西に傾いた太陽が僕を誘惑する「苦しかろう。辛かろう。誰も助けてはくれんだろう。そこで倒れこんだとしても私が助けてやろう。だから歩みを止めてしまえ」と。僕は言った。
「ここで足を止めたら今までの歩みはどうなる。すべてが無駄になるではないか」。すると太陽は言った。
「無駄な事などない。それはお前がそう思い込んでいるだけなのだ。すべてを手放せばよい。すべてを無に帰せばよいだけの事なのだ」
その言葉に僕は動揺し僅かにつまずいた。その代償に我が身を支えようとした手のひらと膝が黒ずみ剥離して血が流れアスファルトを赤く染めたが、痛みもなく、涙も出なかった。困惑しながらゆっくり起き上がり再び歩き出すと地平線に太陽が傾いていた。僕を追いかけてくる影は僕の意に反して後ろへ後ろへと延びてゆくが僕にはどうにもできないから振り返らずにいれば気にもならないと自信を欺いた。すると晴れ渡っていた空がにわかに曇り、雨が降り出した。僕は大きく口を開け雨を飲み込むと燃え落ちそうだった身体は我が身を取り戻し大地を感じた。路面から跳ね返る雨が心地いい。この雨こそが希望ではないかと感じ、心の底から愛する人を抱きしめたいと願ったが、肉体的な欲求から遠く離れた純粋に人を愛するということを知らない僕は絶望するしかなかった。雨がやみ雲が風に運ばれ空の果てへ流されてゆくと地平線に沈んだ太陽が最後の輝きを放つと彼方に家の灯りがポツンと見えた。その灯りに安堵した僕は濡れた身体を乾いたタオルでふき取り暖炉の前で毛布にくるまり深い眠りにつきたいと思い、もうそのまま目覚めなくてもいいとさえ思った。逃避という気持ちに支配された時、僕はもはや誰がために走っていたのかさえ忘れてしまっていた。しかし小さな灯りは走り進めるだけ遠のいてゆく。やがて闇が僕を支配し空には幾千もの星が輝きぐるぐる回りはじめた。流れ星を追いかけるように地平線へ向かってゆくと次の朝が訪れ、家の灯りが消えると同時にアレスのような者なるまいと主張する星が見えた。影がぼんやりと出現すると悔しくなった僕は今度こそた追い抜いてやろうと必死で追いかけたが、新しい朝はいつもと変わらない朝だった。太陽は次第に熱を帯びじりじりと僕を燃やし始めた。額から汗が流れ始めると喉が渇き潤いを欲望した。下り坂に差し掛かると転ばぬように慎重に駆け下りたが、すぐに上りに変わると僕の足は棒のように固くなった。これ以上は無理なのかもしれないと思った時、道端のアストロメイアが瑞々しい赤い花を咲かせた。
上がらぬ足をふれぬ腕を無我夢中で動かしその場から逃げるように走り抜けた。しかし時間は過ぎ体力も残っていない。意識は薄れ、夕日に照らし出される身体は炎天下のアスファルトに投げ出された氷のように感じる。細胞の一つ一つが炭酸水の気泡のようにぷつぷつと弾け大気に帰してゆく。僕は生きるとは存在するとはこういう事なのだろうかとぼんやり考えた。
西に傾いた太陽が僕を誘惑する「苦しかろう。辛かろう。誰も助けてはくれんだろう。そこで倒れこんだとしても私が助けてやろう。だから歩みを止めてしまえ」と。僕は言った。
「ここで足を止めたら今までの歩みはどうなる。すべてが無駄になるではないか」。すると太陽は言った。
「無駄な事などない。それはお前がそう思い込んでいるだけなのだ。すべてを手放せばよい。すべてを無に帰せばよいだけの事なのだ」
その言葉に僕は動揺し僅かにつまずいた。その代償に我が身を支えようとした手のひらと膝が黒ずみ剥離して血が流れアスファルトを赤く染めたが、痛みもなく、涙も出なかった。困惑しながらゆっくり起き上がり再び歩き出すと地平線に太陽が傾いていた。僕を追いかけてくる影は僕の意に反して後ろへ後ろへと延びてゆくが僕にはどうにもできないから振り返らずにいれば気にもならないと自信を欺いた。すると晴れ渡っていた空がにわかに曇り、雨が降り出した。僕は大きく口を開け雨を飲み込むと燃え落ちそうだった身体は我が身を取り戻し大地を感じた。路面から跳ね返る雨が心地いい。この雨こそが希望ではないかと感じ、心の底から愛する人を抱きしめたいと願ったが、肉体的な欲求から遠く離れた純粋に人を愛するということを知らない僕は絶望するしかなかった。雨がやみ雲が風に運ばれ空の果てへ流されてゆくと地平線に沈んだ太陽が最後の輝きを放つと彼方に家の灯りがポツンと見えた。その灯りに安堵した僕は濡れた身体を乾いたタオルでふき取り暖炉の前で毛布にくるまり深い眠りにつきたいと思い、もうそのまま目覚めなくてもいいとさえ思った。逃避という気持ちに支配された時、僕はもはや誰がために走っていたのかさえ忘れてしまっていた。しかし小さな灯りは走り進めるだけ遠のいてゆく。やがて闇が僕を支配し空には幾千もの星が輝きぐるぐる回りはじめた。流れ星を追いかけるように地平線へ向かってゆくと次の朝が訪れ、家の灯りが消えると同時にアレスのような者なるまいと主張する星が見えた。影がぼんやりと出現すると悔しくなった僕は今度こそた追い抜いてやろうと必死で追いかけたが、新しい朝はいつもと変わらない朝だった。太陽は次第に熱を帯びじりじりと僕を燃やし始めた。額から汗が流れ始めると喉が渇き潤いを欲望した。下り坂に差し掛かると転ばぬように慎重に駆け下りたが、すぐに上りに変わると僕の足は棒のように固くなった。これ以上は無理なのかもしれないと思った時、道端のアストロメイアが瑞々しい赤い花を咲かせた。