「おゝ、さむいい! こんやは冷えるわあ」
綿入り半纏を着込んだ真理子が、背中を丸めて入ってきた。 . . . 本文を読む
「ほらっ、空けろよ。そうか。男の酌より、女性の方がいいか。君代さん、頼むよ」
彼は、君代のお酌で盃を重ねた。
そこはかとない色香を漂わせているのは、和服のせいだけではないように感じた。
どちらかというと姉御肌なのだが、佐知子のように先陣を切るタイプではなかった。
一歩下がって、雰囲気に流されることなく対処することが多かった。
そんな君代に浮いた話の一つも出ないことが、彼には不思議でたまらなかっ . . . 本文を読む
車のライトの中に、佐知子の姿が浮かび上がった。夫を心配する、新妻そのものだった。
「あいつ、こんな寒空に‥‥」
木は、車のスピードを上げた。佐知子の前で急停車して、
「何で、外に出てくるんだよ。風邪をひいたらどうするんだ!」と、怒鳴りつけた。 . . . 本文を読む
「おゝい、迎えにきたよ」
高木の声が、白い息の道筋となり彼を呼び止めた。
「ありがたい、助かるよ」
「ホントにすぐ出たんだな。迎えに行くって、電話で言えば良かったよ」
助手席のドアが開き、暖かい空気と共に酒の匂いが彼を包み込んだ。
「大丈夫かい? 飲んでるんだろ」
「なあに。この位、どうってことないさ」
酒臭さをプンプンと匂わせながら、高笑いをする木だった。
「もっとも、都会じゃ駄目だろ . . . 本文を読む
外に出ると、満天に星が瞬いていた。光り輝くネオンもなく、都会では見られない程の数多の星が見られた。故郷に帰ると、如何に都会が汚れているか良くわかる。星の数だけではなく、空気もまた冷たい。呼吸をする度に、鼻の粘膜にひりつきを感じる。 . . . 本文を読む
「タケくうん! 電話ですよー!」
階下から、彼を呼ぶ声がする。
「タケくん、木君からですよ…。あらま、また眠ってたの。さあ、起きてちょうだい!」
肩を揺すられて、彼は飛び起きた。 . . . 本文を読む
うどんだけでは物足りなさを感じた彼は、小夜子の用意した餅を、砂糖のたっぷり入った醤油で三個ほど平らげた。
「うわあ、見るからに甘そう…」
呆れ顔で見る早苗に、
「良いんだよ、好きなんだから」
と、横を向く彼だった。
早苗は、そんな彼を後ろから覗き込むようにして
「お兄ちゃんこそね、太るよ」
と、悪態をついた。
「あゝ、もう 少しは静かに出来ないのか! さっきから、肘が当たったとか汁が飛んできたと . . . 本文を読む