ゆっくりとしたお千代さんの歩に合わせていたため、由香里が戻ってから相当の時間が経っていた。
玄関口は閉められていて、勝手口も鍵がかかっている。
「由香里ちゃあん。開けてよお…寒いよお」
何度か声をかけたが、返事が返ってこない。 . . . 本文を読む
風呂から上がった彼は、ほうほうの態で立ち返った。由香里は得意満面で道すがら彼に話し掛けた。
「たけしさんのこと、芸能人みたいだって」
普段ならば“先生”という由香里が、上気した顔付きで“たけし”と呼んだ。 . . . 本文を読む
食後、由香里は嬉々として彼を、村営の温泉場に案内した。
村には似つかわない立派な施設で、二棟に分かれていた。
家族風呂は予約制となっており、昨年の内に佐山家として予約が入れてあった。 . . . 本文を読む
暫く泣きじゃくっていた由香里も、お昼近くにかかってきた母親の電話で、やっと落ち着きを取り戻した。
「先生にはお手数をかけますが、くれぐれも由香里をおねがいします。淋しがり屋ですので、やんちゃをいうと思いますけれど。実は‥‥」 . . . 本文を読む
「ごめんね、由香里ちゃん。明日の朝は、できるだけ早く帰ってきますからね。ひと晩だけ、がまんしてちょうだい。心配することはないのよ。そうそう、先生をあそこにご案内してあげてね。先生、由香里をおねがいします」 . . . 本文を読む
「起っきろお! 目がくさっちゃうぞ!」
茶目っ気たっぷりの由香里の声で、目が覚めた。
布団の上にまたがりながら、由香里がキスをせがんできた。
「こら、こら。悪ふざけが過ぎるぞ」
軽く由香里の頭を小突いた。
「おはようのキスぐらい‥‥」
口を尖らせる由香里は、あからさまに不満そうだった。
昨日のことで、由香里は恋人気分に浸っている。
“まずかったなあ”
後悔の念が湧き起こる彼だったが、時を戻すわ . . . 本文を読む
だだっ広い部屋で一人床に就いた彼だったが、その夜は深々と冷え込んだ。
障子を隔てた縁側から、隙間風が入ってくる。
月明かりが漏れてくる所を見ると、雨戸の立て付けが悪いのだろう。
築百年とまでは行かずとも、相当の古い家屋であることは間違いがない。
父親は「男同士で一つ部屋に」と言ったのだが、母親が頑として譲らなかった。
「先生が眠れませんよ、それでは。気疲れされますわ、きっと。それに‥‥」
口を濁 . . . 本文を読む
「ねえ、先生。もう少し召し上がらない? それとも、こんなおばさんではだめかしら」
妖艶な目付きで、彼を見つめてきた。
思わず目を逸らしながら、黙ってビールをコップに受けた。
「ねえ、先生。由香里のこと、どう思います?
いえいえ。生徒としてではなく、女姓としてです。
あの子を見てると、いじらしくて。
本当に先生のことが好きなんですよ。
もう涙ぐましいほど、先生に認めてもらいたくてがんばっていま . . . 本文を読む
「さあさあ、お父さん。もうその位にされたら、どうですか。
今夜は、飲みすぎですよ。先生もお疲れなんですから、もうお休みになられたらどうです?」
母親の助け舟が入り、やっと父親から解放された。
彼も勧められるままに飲んだビールが、相当に回ってきていた。
睡魔に襲われて、幾度となく欠伸を噛み殺していた。
「そうだな。もう寝るかな」
ふらつきながら、父親は別室に移った。
由香里の寝顔を覗き込んだ父 . . . 本文を読む
「上下関係に厳しいから? 礼儀正しいから? まあそれも、有りますがね。
実の所は、体力です。
良く言うでしょうが。『健全な肉体に、健全な精神が宿る』と。
そうなんです。これは、真理です。
体力がないと、粘りが生まれません。
ビジネス社会は過酷です。結果を求められます。
プロセスよりも、結果なんです。
頑張りました、でもだめでした。これは、通らない。
分かりますか、御手洗君。自慢じゃないが、わたしは . . . 本文を読む
「先生、いや御手洗くん。
わたしはね、由香里の家庭教師と言うことではなく、一人の男としてね、貴方を買っています。
実に、好青年だ。しかしね、好青年過ぎるんだなあ。
立場上ね、自分をセーブしているのは分かります。家庭教師としては、それで良い。
しかしねえ、若い男としては物足りないんです。 . . . 本文を読む
「ふうぅ、あつい‥‥」
「お先でした。あゝ、良いお湯でした。でも、湯冷めしそうねえ。もう一度入り直しますわ、後で」
母親の後ろから、パジャマ姿に着替えた由香里が出て来た。パジャマを通して、湯気が出ている。肌が少し赤くなっているところを見ると、相当に熱い湯だったのだろう。母親もまた、上気した顔をしている。 . . . 本文を読む