「ありがとう。すっごく、美味しかったよ」
彼は貴子に覆い被さるようにしながら、貴子の耳元で囁いた。一瞬貴子はたじろいだが、流し台を背にして動くことが出来なかった。彼の両手が貴子の背に回され、グイッと引き寄せられた。 . . . 本文を読む
カレーライスをパクつきながら、会話が弾んだ。
女子校に通っていた貴子のドジさ加減は、笑いが絶えなかった。
「でね、親友宛のデートの誘いを自分だなんて勘違いして、待ち合わせの場所に行ったの。
キョトンとしてるの、相手が。
そりゃそうよね、言付け(ことづけ)を頼んだ相手が来るんだもん。 . . . 本文を読む
「ひえぇっ! 床に顔が映りそうだ。おぉっと、レースのカーテンもある」
彼は部屋を見渡しながら、感嘆の声を上げた。
そしてベッド横の小さなテーブルを見つけた。
「やっぱりテーブルが居るよな」 . . . 本文を読む
大学の講義が終わると同時に、彼は学友からの誘いを全て断って飛び帰った。
火曜日の今日はデパートの公休日で、貴子がアパートに来ている筈だった。
「合い鍵を渡すよ」と言う彼に、溢れんばかりの笑顔で受け取ってくれた貴子だった。
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アパートの管理人からデパートからの荷物を受け取る際、
「えゝ、聞いてますよ。“彼女が受け取りますから”ってね」
と、笑顔で声をかけられた。
貴子は顔を真っ赤にしながら、逃げるように部屋に駆け込んだ。 . . . 本文を読む
“わたしったら、なにを言ったのかしら。早く帰ってきてね、なんて。
まるで新婚の奥さんみたいなことを言って。変に思わなかったかしら。
どうかしてるわ、わたし。彼は、まだ学生なのよ”
帰り道、今夜の彼とのことを思い返しては、ぽっとほほを赤らめる貴子だった。
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「ねえねえ。これからさ、あなたのアパートに連れてってよ。
次のお休みの日に、お邪魔したいから。
日用品は、明日デパートで揃えてあげるから。
私に任せてくれるでしょ? うんと、可愛らしい柄を揃えてあげる」 . . . 本文を読む
喫茶店から外に出ると、とたんに寒風が二人を襲った。
「うぅ、さぶい。寒いよお、貴子さあん」
別に、意味のある言葉ではなかった。全く、他意はなかったのだ。
しかし貴子は、
「はい、はい。分かったわよ。これでいい? 少しは、暖かいでしょ」
と、彼の腕に自分の腕を滑り込ませた。 . . . 本文を読む
「ところでさ、おみやげは?」
貴子は彼の周辺に、それらしきものが無いことを訝げに思いつつ尋ねた。
彼は、ニヤリとほくそ笑むと
「へへへ。実は、口実でした。ごめんなさい」
と、悪びれることなく答えた。 . . . 本文を読む
テーブルに並べられた二種類のサンドイッチを、二人してパク付き始めた。
「ねえねえ、野菜サンドも食べなきゃだめよ!」
彼がハムサンドに手を出すと、貴子は軽く彼の手をつねった。
「痛てて。もう、母親みたいなこと言わないでよ」 . . . 本文を読む
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
息せき切って、貴子が飛び込んできた。
彼の前に置かれた冷水を一気に飲み干しながら、業務終了直前に持ち込まれたトラブル処理報告書の処理に時間を取られたと弁解した。 . . . 本文を読む