それから何回かのデートを重ね 、その度にホテルで情交を重ねた。
相変わらずの麗子主導だった。
次第におざなりになり、奉仕活動のようなセックスに、男は苛立ちを感じていた。
それ故ということもないのだが、両親への挨拶については話題にのぼらなかった。
麗子にしても、身体を許したという安心感からか、口にすることはなかった。
それよりも、男とのセックスに没頭していた。
美容院で、素知らぬ顔をしながらその . . . 本文を読む
男は学生時代に熟読した、夏目漱石著の『行人』の中の一文を思い出した。
―男は征服するまでを燃え、女は征服されてから燃える。―
そういった恋愛の機微が、今、男に初めてわかった。
いつの間にか情が移り半ば諦めの心で結婚するのかもしれない、とも思った。
しかし男はまだ若い。
共稼ぎを嫌う男は、現在の収入では結婚生活は難しいと思った。
麗子の実家からの援助を受けることになるだろう。
しかしそれは、 . . . 本文を読む
劇場に入る前に、軽く食事をとることにした。
店の中は、殆どがアベックだったが一組の親子連れがいた。
異常な程に子供に関心を抱く麗子を見て、男の心は痛んだ。
早く結婚してやりたいとは思うのだが、共稼ぎを嫌う男には、まだ経済的に無理がある。
しかし、俺の思いは麗子もわかっているはずだと考えてはいた。
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時計が十一時を告げると、男は麗子と共に明るい外に出た。
昨日の雨がまるで嘘のようにカラリと晴れ渡っていた。
道路の所々にある水たまりが、かろうじて昨日の激しい雨のことを思い出させる。
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充実感に満たされていた。
七時の目覚まし時計の音にせき立てられるようにベッドから下りると、まずは弱火で湯を沸かす。
顔を洗い、ひげを剃り、頭髪を整える。
そしてピーッというケトルの音が鳴る。
コンロの弱火が、男の自慢の種だ。
タイミングがピッタリとなったときには、思わずニヤリとほくそ笑む。 . . . 本文を読む
麗子の体が小刻みに震えている。
男には麗子の気持ちが手に取るようにわかった。
やはり気が強くても女だ、心細かったのだろう。
しかし今夜は、もう少し気が付かぬふりをしてやろうと思った。
その裏には、いつも一線を画して拒み続ける麗子への反発心があった。
いつかは結婚するんじゃないか、と男は思う。
しかし今はまだそのことを口にしていないだけに、それ以上強いることを、止めていた。
「寒いのか?」
「うう . . . 本文を読む
麗子との付き合いは、半年ほど前からのことだ。営業の補助役として配属された新入社員たちの中に、麗子がいた。エキゾチックな顔立ちで、「ひょっとしてハーフか?」と噂される美女だった。 . . . 本文を読む
いっそのこと、会社を辞めるか。会社にしても、それを望んでいるだろう。
そんな思いが頭を過ぎる。けど‥‥、と思い直す男だ。
かつての上司である課長の、「おおや、顔色がいいな。結構、結構」の嫌みも辛い。 . . . 本文を読む
その夜、部屋の灯りの下で二人の名刺を交互に見ながら、「ミドリ、ミドリ」と呟いてみた。
学生時代に思い浮かべていた平井ミドリとは違い、意外な子供っぽさに男は半ば酔いしれた。
青年時代に戻ったような気持ちだった。
時計は十時半を指している。
ベッドに寝転がりながら、窓に目をやった。
全くの闇夜だった。
そろそろ小降りになったらしく、雨音が小さくなっている。
明日には晴れそうな気配だ。
傍らの . . . 本文を読む
「いいや、いいんだ。もう慣れっこだよ」
男は、彼自身意外な程に快活に笑った。久しぶりに屈託なく笑った。
名刺交換の折りには、怪訝そうに「何とお読みするのですか?」と聞かれる度に、コンプレックスを感じる名前が、今だけは誇らしかった。 . . . 本文を読む
男は気を取り直すと、今朝買い求めたスポーツ新聞を背広の下に巻き付け、身体を冷やさないようにした。
先年亡くした祖父の言葉を思い出したのだが、物は試しと雨の中を駆けだした。
できるだけビルに沿って走り、濡れないようにした。
地面を見ながら、右に折れた。
体が少しビル際から離れた途端、前方を見ていなかった男は、信号待ちの通行人に接触してしまった。
「いや、これは失礼! 前を見ていなかったもので…」 . . . 本文を読む