十時の開店と同時に、どっと流れ込む人ごみの中に、二人がいた。
「すごいのね、小夜子さん。いつもこんな感じなの?」。
かるい息切れを感じつつも、たかまる高揚感をおさえきれない勝子だった。 . . . 本文を読む
シャンソンの流れるマロニエの並木道に 春の訪れ
コーヒーの香が漂う時代遅れのカフェに ロマンの花
恋人たちは今エッフェル塔の陰で 凍てついた太陽を見る
=背景と解説=
恋愛の歓喜を感じつつも、どこか冷めた自分がいた気がします。当時の言葉で言えば「世間が信じられない」ということに尽きます。世間=女性 と置き換えてもいいかと思います。女性を蔑視しているのではなく、女性に受け入れられるような自 . . . 本文を読む
その翌々日。
あいにくの曇り空の下、晴れ晴れとした表情をみせる勝子と、誇らしげに目をかがかせる小夜子。
そしてそんな二人を眩しげにみあげる、しかし不安げな目をなげかける母親がいた。 . . . 本文を読む
そこかしこから拍手がわく。苦笑いを見せつつ、着物のすそをはしょった。「お兄さん、きっぷがいいじゃないか。男だねえ!」。小料理屋の二階から声がかかった。とたんに次郎吉が不機嫌になり、「まっぴらごめんでえい!」と駆けだした。
真っ直ぐ進むと先ほどの子どもが盗みを働いた八百屋がある。次郎吉は、いかにもその八百屋の前を通りたくないと言いたげに、わざわざつばを吐き捨てて左へ折れた。どことて行 . . . 本文を読む
(二)老婆
この老婆、実は帰る家を失くしています。あの大地震の折に、老婆だけでなく大半の家々が全半壊しています。しかしめげることなく、村人総出で互いの家の修復を行いました。そして老婆の家の修復に入ることになりました。その折でございます。
「お婆さん一人では暮らしが成り立つまい。 わしの所で面倒を見ようじゃないか」 村の世話役が、申し出ました。世話役と申しますのは、もめ事の仲裁役でした。といっ . . . 本文を読む
「何てこと言うのよ、勝利は。お母さん。笑ってないで、何とか言ってよ。小夜子さん、あなたもよ」
「さあさ、もうその辺にしなさい。勝子、支度なさい。
ちょっと失礼して、体をふきましょ。銭湯にはまだ入れないからね」 . . . 本文を読む
「なんてこというんだ、姉さん。ぼくは姉さんがいてくれるから、変ないい方だけど、姉さんが病気だから、こんなにがんばれるんだ。
なまけ者のぼくがこんなにがんばれるのは、姉さんのおかげなのに。 . . . 本文を読む