涙を拭いてから、居住まいを正して、茂作に正対した。
「お大尽な暮らしを望んだわけじゃないわ。体を動かすことは好きだし、みんなのお役にも立ちたかったし。 . . . 本文を読む
半年の時を経たある夜、戸口をトントンと叩く者がいた。うつらうつらとしていた茂作が気付いたのは、幾度かの後だった。立ち上がるのも億劫だと、座ったまま「誰じゃ?」と、声を張り上げた。
「わたしです…」 . . . 本文を読む
澄江と小夜子の父慶次郎との出会いは、予期せぬ出来事ではあったが、一方で仕組まれたものでもあった。特段に周到な計画が練られたものということではなく、若い娘たちのちょっとした思いつきのものだった。 . . . 本文を読む
汽車内での正三の献身ぶりは、涙ぐましいものだった。
黒い煙りが入らない席はどこだと走り回ってみたり、朝食を摂っていないだろうからと駅に着いた折に駅弁を買いに走り、すんでのところで間に合う始末だった。 . . . 本文を読む
よく晴れ渡った日曜日、正三は駅舎の横に立っていた。夜も明けやらぬ暗い中、煌々と輝く街灯の下に立っていた。駅舎の時計をのぞくと、五時二十三分を指している。先ほどのぞいた時は、二十分だった。 . . . 本文を読む
本家で聞かされたレコード盤による演奏に感銘を受けた小夜子は、どうしても生演奏を聞きたくなった。しかし生演奏を聞かせてくれる場所は都会にしかなく、しかもこういったキャバレーのみだ。ひと月の余、茂作におねだりを続けてやっと念願が叶った。 . . . 本文を読む