さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹 ④ 『サダルストリート』

2019-11-08 | インド放浪 本能の空腹


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30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記からお送りいたしております

今回は

インド放浪 本能の空腹 ④ 『サダルストリート』


*******************

『Sudder Street(サダルストリート)…。』

 運転手は車を止めた。
 どうやら着いてしまったらしい…。
 大して広くもない通りであるが、喧騒と混沌が渦巻いている。
 
 止まるやいなや、おれの乗ったタクシーは数人の男に取り囲まれた。

 『☆※◆✖▼△¥%★
 『☆※◆✖▼△¥%★
 『☆※◆✖▼△¥%★


 開いているドア窓の向こうから、男たちはおれに向かって何か喚いている。早速始まったようだ。ここに着くまでに見た凄まじい喧騒と混沌に泣きそうになっていたおれは、着くやいなやこうして取り囲まれてしまい、相当に怯んでいる。

 『☆※◆✖▼△¥%★
 『☆※◆✖▼△¥%★

 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL


 『ん? ホテル?』

 そうか、こいつらは皆どこかのホテルのポン引きなのだ。旅行者をホテルまで案内し、そのホテルから手数料か何かをもらっているのだ。ガイドブックに出ているホテルでボッタクられる典型的なパターンだ。

 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 だが怯んでいてこのままタクシーに乗っているわけにもいかない、意を決し外へ出ようとすると、運転手が声のトーンを一段下げて、まるで脅すかのようにおれに言う。

『C hip!』

 外の男たちまで運転手に金を払え!と喚いている。こういうことを避けたかったから空港のタクシー予約所で金を払ってきたのに…。
こんなことではいくら金があっても足りない。

『空港で金は払った!』

外で喚いている男に伝えると
『空港で払ったのか、それならばOKだ、降りろ』
と言って一人の男がドアを開けた。おれは荷物を肩に担ぎ車を降りた。降り際に運転手の舌打ちが聞こえた、ような気がした。

 外へ出たら出たで、車を取り囲んでいた男たちに、今度は直接取り囲まれてしまった。

 内心相当にビビりながらも、おれは努めて冷静を装い辺りを見回した。
 わからない…、一体おれがサダルストリートのどこに立っているのかわからない…。地球の歩き方のサダルストリート付近の地図が出ているページに人差し指を差し込み右手に持っていたが、開くことができない…、こんなところで地図なんか開いて見ていたら、それこそオノボリさん感丸出しである、道がわからなくて困っている感満載である、よけいにポン引き達を引き寄せてしまうだろう。

 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 とにかく、まずはインド博物館だ、そこまで行けば自分がどこにいるのかがわかる、そしてそこから歩けばK君が待っているSホテルまでは、一度右に曲がるだけでたどり着けるはずだ。とにかくおれは歩き出した。

 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 ポン引き達もおれにまとわりつくように歩き出す、しつこい、しつこいしつこいしつこい!
 試しにポン引きの一人に、インド博物館はどこかを訊いてみたが、『インド博物館はもう閉まっている、行きたいのなら明日にしろ、それよりおれのホテルへ来い!』 

 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 全く無駄であった。

 『No thank you!』『No thank you!』『No thank you!』

 どうにかポン引きたちを振り払おうとひたすら『No thank you!』を繰り返し、おれはどこに何があるかもわからず歩いていく。

 『Money…』

 
 ポン引きたちだけではない、日本からのオノボリさんを見つけた物乞いたちも動き出す。右から左から手が出てくる。

 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 
 もう何が何だかわからない…、おれは今どこなのだ、少しだけ地球の歩き方を開いてみる、だめだ、さっぱりわからない…

 おれはこのような場面を想定して、金持ちに見えないよう、自分なりになるべく汚いシャツを着て来ていた。インドへ旅立つ直前までやっていた、遺跡の発掘のアルバイトの作業着にしていたものだ。洗濯しても落ちなくなった泥や土の付いた汚いシャツだ。だが、布きれ1枚腰に巻いただけの、裸同然のような連中がたくさんいるこの街では、なんの効果もないのであった

 
 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 前方から小さな男の子を連れた女の物乞いが近づいてくる、手を引かれている子供の顏を見たら、両目が奥へくぼみ、小さな白目だけでおれを見つめている。

  『No thank you!』『No thank you!』『No thank you!』

 おれの頑なまでの『No thank you!』に、何人かのポン引きと物乞いが諦めて戦列を離れたが、新たに加わる者がいるのでその数は減らない。

 とにかく一度落ち着きたい、落ち着いた場所でゆっくり地図を確認したい、だがそんなことができそうな場所はどこにもない

 
 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』
 『Money…』
 『☆※◆✖▼△¥%★ HOTEL!』

 おれは思わず逃げるように細い路地を右に折れた。薄暗い路地だった。道の両側にうなだれるように座っていた物乞いが一斉に
『Money…』
と手を出してきた。その内の一本の手には、指がなかった。すべての指がなかった。まるで溶けた蝋のようになっている。
 らい病を患った人たちが多いと聞いていた。そんな風に足や手を失った人がカルカッタには大勢いると聞いていた。マザー・テレサの死を待つ人々の家はこのカルカッタにある。

 前方から子供ほどの背丈の者が近づいてくる… 子供…?… いや子供ではない…、 長い白髪と髭の老人だ。両足のない老人だ。それも付け根から両足がない、だから一瞬下半身がないように見えた。その老人が、手作りのスケートボードのようなものに乗り、杖のような長い棒で、船を漕ぐようにやって来て、『Money…』と手を出した。
 おれは、悲鳴を上げそうになった、が飲み込んだ、と言うより、もう声も出なかった…。

 どうにかその路地を切り抜け、少し開けた通りに出た。サダルストリートよりは少し落ち着いている感じがした。ここならば地図を広げられるかもしれない、いや、もうとにかく地図を広げるしかない。おれは立ち止まり、再び意を決して地球の歩き方を開いた。すぐにだれかが声をかけて来たが無視して地図を睨んだ。
 何か、目印になるもの…、ん…? 消防署? 消防署ならばさっき見えた!サダルストリートをポン引きたちを引き連れ歩いているとき、確かに見えた、数台の消防車が止まっていたのを!だがわからない…、あまりに目まぐるしいポン引きと物乞いの攻勢に、どっちの方に消防署が見えたのかわからない…。

 『Any problems?』

また誰かが声をかけてくる。

『No thank you!』

『君は困っているように見えるよ…』

『No thank you!』

『ボクはね、日本に行ったことがあるんだよ…、サイタマだよ…』
『埼玉!?』

 思いがけないローカルな地名を聞いておれは思わず顔を上げた。
 そこには、これまでおれにまとわりついて来たポン引きや物乞いとは違った、清潔そうな服装の若い男が立っていた。

 さて、この男は一体…、凄まじい喧騒と混沌の街で、次々と現れるポン引きたち、どうにかかわしたと思ったところで現れた男…

 それは次回でまた

*****************続く
※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです

令和元年の今、自分の感想
この時の日記を読み返してみますと、ほんとビビッてたんだなあ、と言うのが伝わり笑えます。私はこの6年後に再びカルカッタを訪れていますが、物乞いの人たちはずいぶん少なくなっていたように感じました。それについて、あるインド人からとんでもない話を聞いたことがありましたが、それはまた日記の中で


 

 
コメント (6)
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