<出典 Wowow Ralewaystory>
応援クリック
こんにちは
30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記からお送りいたしております
前回は、夜のカルカッタに到着、その喧騒と混沌、凄まじい勢いでせまるポン引きと物乞いに圧倒され、泣きそうになっていることろに現れた男、ラーム、そのラームに地獄から救い出されるように紹介されたホテルへ、と言うところまででした
実のところ、インド放浪と言っても、ある程度インドに慣れてくると、することもなくなり、毎日が退屈になります
特に私の場合、どこどこへ行きたい、有名な歴史建造物が見たい、などといった目的をほとんど持っておりませんでしたのでしばらくすると日記になにも書くことのないような日も多かったのです
しかし、この日1日は、私のインド放浪のハイライト、と呼べる出来事の一つが起こります
たった1日のことですが、かなり濃密な1日となりましたので、数回にわけてお送りいたします
*********************
翌朝、ラームは8時きっかりにおれを迎えにきた。
市内観光へ連れて行ってくれることになっていた。
もちろん、ダッカで別れた日本人青年、K君の待つSホテルへも案内してもらう予定だ。
まずは朝食を摂ろうと、ホテル近くの飲食店へ入った。ラームがチキンカリーを注文したので、おれも同じものを頼んだ。少し大きめの手羽の入ったカレーの皿に、ナン、それにカットされた生のレッドオニオンが付け合せに運ばれてきた。
昨日の夜は、千葉の伯母からもらったピーナッツを少し食べただけで、インドへ来て初めてのまともな食事だ。
インド人は基本的に手でメシを食う。外国人だとスプーンなども出してくれるが、ここはおれもラームにならい、手がカレーだらけになるのも気にせず、手羽に食らいつく、美味い、空腹であるのは間違いなかったが、そうでなくても十分に美味い、さすが本場のカレーだ。ラームは、肉を削ぎ取るように食い終えると、手羽の骨を折って中のエキスをチュウチュウと吸い始めた。
『コヘイジ、ウマいから君も吸ってみろよ』
鶏がらを煮込んでスープを作ったりするのだから、骨の髄もきっと美味いのだろう、だがおれは遠慮しておいた。
朝飯を済ませ、おれたちはタクシーに乗り込んだ。こういった金は全部ラームが出してくれる。よほどの金持ちなんだろう。少し心苦しい思いはあったが、タダより高いものはない、なんて発想はこの時のおれにはまるでなかった。
『コヘイジ、まずはフーグリー川を見に行こう』
『フーグリー川』
とは、ガンジス川の支流で、ガンジス同様、聖なる川として人々の信仰の対象となっている大きな川だ。運が良ければ川イルカを見ることもできるそうだ。
タクシーを降り、その場で待たせたまま、おれたちはなだらかな斜面を上る、上りきると雄大な川が眼前に広がる。ガンジスの支流、だということだが、これがガンジス川だ、と言われてもおそらくは何の疑問も抱かないだろう。岸辺の浅瀬で沐浴をしている人たちもいる。座礁しているのか係留しているのかよくわからないポンコツ船が船着き場に留まっている。
おれは大体水辺というものが大好きなのだ。海、川、湖、ちょっとした池も好きだ。水辺を見つけると、つい何か生き物がいないか覗き込みたくなる。だが、このフーグリー川で、目の前のゆるやかな土手を下り、水辺まで行く気には到底なれなかった。おれの立っているところから水辺まで、地面を覆い尽くすようにゴミが敷き詰められていたからだ。
カルカッタはインドでも最も汚い街だそうだ。インドで最も汚いと言うことは、下手をすれば世界で最も汚い街と言えるかもしれない。
数羽のカラスがそのゴミをあさっている。日本のカラスより少し小ぶりだ。羽毛も少し藍がかって光沢がある。こういったささいなことが、自分が今外国にいる、ということをより実感させてくれる。
『コヘイジ、キミも沐浴したらどうだ?』
ラームがつまらないことを言う。さらにこんなことを言う
『コヘイジ、このフーグリー川、ガンジス川では、時折人の遺体が流れてくるんだ、インドでは今でも誰かが死ぬと聖なる川へ流す風習が残っているところがあるんだ』
『え…?』
<出典 Never まとめ>
その話は日本にいる時に誰かから聞いていた。おれがインドへ行く前、幾つか聞いていたインドの黒ウワサの一つだ。だが、その話を聞いたその時のおれの感想はこうだ。
『いくらインドだからって、間もなく21世紀になろうかってこの時代に、そんな奴はおれへんやろ! いくらインドだからって、川に死体が流れてたら、殺人事件かもしれないんだから、いやいや、そんな奴はおれへんやろ(大木こだま・ひびき風)』
だがどうも本当のことらしい…、カルカッタの街並み、喧騒、混沌、目の前の雄大な川、濁った水、岸辺のゴミ、確かに死体が流れていてもさほど驚くことでもないかもしれない…
待たせていたタクシーに再び乗り込み市街を走る、昨日の夜に衝撃を受けた喧騒と混沌とはまた違った昼間の風景…、無秩序に行き交う人、車、バイク、リクシャ、犬…、今にも分解しそうなオンボロバスに、人が詰め込められるだけ詰め込まれて、溢れて、しがみついて…、 斜めに傾きながら走るバス…、インドだ、ここはやっぱりインドだ。
『あれがヴィクトリアメモリアルだよ』
とラームが指をさす。
イギリスの植民地時代だった頃の遺物だ。カルカッタには似つかわしくない。おれもまるで関心はない。
おれは今回のインド旅行において、どこか特別に行きたいところとか、見たいもの、などはなかった。タージマハールくらいは余裕があれば見たいと思っていたが、どこか南、マドラス近郊の海が近い小さな町でしばらく過ごしたい、しばらく、その町で生活をしているかのように過ごしたい、漠然とそんなことを考えていただけで、それが具体的にどの町か、なんてことすら決めていなかったのだ。
ざっと一回り、タクシーで市街を走った。ラームが口を開く。
『コヘイジ、ボクはね、昨日話した通り、このカルカッタへは両親へのプレゼントを買いに来たんだ、これからマルキットへ買い物に行くつもりだけど、どうだい、キミも買い物に付き合わないかい?Sホテルへは買い物が終わったら案内してあげるよ』
おれは買い物などする気は全くなかったが、こうしてタクシーでぐるぐる回って、ここがどこかもわからない、これからラームの助けなしでまたあのサダルストリートへ行ってSホテルを探す、というのはちょっと困難なことに思えた。
『…、わかったよ、ラーム、キミに付き合うけど、ボクは買い物はしないよ?』
そういうおれに、ラームはまるでおれを諭すように話を続ける。
『コヘイジ、キミはこの先、だれにもお土産を買わないつもりかい、そんなことはないだろう?家族、恋人、友人、何か買って帰るつもりだろう?インドは悪いやつが多いんだ、騙されて安物を高く買わされるかもしれないよ…?それならば、ボクはこれからシルクを買うんだけど、ボクが安くて質の良いものをちゃんと教えてあげるから、安心して買い物をした方がいい、そして今日のうちに日本へ送ってしまえば、キミはこの先、もうお土産のことを気にせず旅ができるじゃないか』
『………、』
おれは少し考えた。確かにそれはその通りだ。千葉の伯母はピーナッツだけでなく、餞別までくれていた、親にもなんかしら買って帰らなきゃならないだろう、バンドの女ドラマー、Y子なんかは金もよこさないくせに『小平次さぁん、サリー買ってきてくださいね~』なんて図々しいことを言っていた。そして、彼女のK子…、。
インドへ旅立つ前日、いつものように高円寺の居酒屋でK子とメシを食った。そのあと、いつものように夜の公園を歩いた。
『…、いよいよ、明日…、行って来るよ、』
『………、』
K子はうつむいていた。
『大丈夫だよ、インドはさ、伝染病とか狂犬病とかは怖いけど、殺されたりとかって、そんなことはアメリカ行くより心配はないから、テロとかある方は行かないし…、』
『………、』
『…、泣いてるの?…』
『………、不覚にも………、』
そう言ってK子は涙をぬぐった。
あああああ!愛しい!愛しい!K子!
K子にも当然何か買って帰らねば。
『OKラーム、そんなに高い買い物はできないけど、キミの言うとおりにするよ』
『コヘイジ!大丈夫!ボクにまかせて!』
それからタクシーは少し走り、『〇✖MARKET』と刻まれた看板のある、屋内商店街のような薄暗い建物の前で止まった
『MARKET… マルキット、ああそうか』
さっきラームがマルキットで買い物、と言ったのはMARKETのことか!てっきり店の名前かと思っていた。
イギリスの植民地であったこともあってか、インド人の多くは、英語を話すが、発音は悪い。特にRをそのまま発するので時折何を言っているのかわからないことがあった。だが、おれには白人の流暢な英語よりは却ってわかりやすかった。
ラームと共に薄暗いマルキットの中へ入る。この日は日曜日、中の店はすべて閉まっているようだった。いや、奥の方に一件、ポツンと灯りをともしている店がある。
『コヘイジ、あの店だよ』
マルキットの外では、普通の店や露店がにぎやかに営業をしていたが、この中で営業していたのは、その奥の店だけであった。
なぜ、その店だけが開いていたのか…、その理由に関する衝撃的な事実をおれが知ることになるのは、まだまだこの旅の先のことである。
**********つづく