さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹 ⑧ 『ラームと買い物 2 』

2019-12-15 | インド放浪 本能の空腹



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30年近く前の私のインド放浪

その時につけていた日記をもとにお送りしております


本日は

インド放浪 本能の空腹 ⑧ 『ラームと買い物 2 』

前回、ラームと簡単な市内観光のあと、一緒に買い物をすることになり、ある屋内商店街へ
日曜で全ての商店が閉まっている中、奥の方で一つだけ灯りの点いている店が…

つづきです




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 日曜日、ということでどの店も閉まっている薄暗い屋内商店街中で一つだけ開いていた店へラームと共に向かう。
 
 店に入ると、うつろな目をした小柄なせむしの男が無言で出迎えてくれた。ラームはベンガル語でその男に何か言っている。
 店の奥から、ピンクのシャツを着た、がっちりとした体格のさわやかそうな若い男が現れた。

 『Hello, welcome!』

 浅黒い顔から白い歯がこぼれる、いかにも『好青年』といった風な男だ。
 好青年はラームとおれに2階へ上がるように言う。
 2階は綺麗なカーペットが敷かれた座敷で、靴を脱いで上がるようになっていた。

 座敷へ上がり座ると、ラームはおもむろに鞄から分厚いインドルピーの札束を取り出し、数えるような仕草でぱらぱらと指ではじいた。
 やはりラームは金持ちの家の人間なのだ、同じようなペースで買い物をしたら大変なことになる、おれはラームの姿を見て気を引き締めた。

 『まずはシルクを持ってきてくれ』

 『OK』

 好青年がせむし男に目配せをする。せむし男はうつろな目のまま、返事をするでもなく階下へ降りて行き、ほどなくして数枚の綺麗に折りたたまれた布を持って上がってきた。ラームはその布の一枚を受け取り、手触りを確かめたり匂いを嗅いだりしてその品質を見極めようとしていた。

 『コヘイジ、ライターを貸してくれないか』
 『え?ライター?』

 いったい何をするのだろう、疑問に思いながらもおれはライターをラームに手渡した。するとラームは、なんと、そのライターでいきなり布の端の方をに火をつけた。

 『OH!NO! Stop!!Stop!!』

 好青年があわてて立ち上がる、ラームはそれを手で制し、もう片方の手で火をもみ消した。そしてその燃えたところに鼻を近づけ匂いを嗅ぐ、見る見るうちにラームの表情が険しくなる。

 『NO Silk!!』

 大声で怒鳴り、布をカーペットに叩きつける、あわてて好青年がそれを拾い上げ、手触りを確かめる。

 『Oh,I‘m sorry……、☆※◆✖▼△¥%★!』

 好青年はうろたえつつもせむし男を怒鳴りつけ、別のものを持って来い、というようなことを言っている。
 せむし男がまた別の品物を持って上がってくる、ラームは同じように一枚を手に取り、手触り、匂いを確かめた後、再び端に火をつけ指でもみ消し匂いを嗅ぐ、すると今度はニッコリと笑って言う。

 『Good silk』

おれにも見てみろ、と手に取っていた一枚を投げてよこす。
 おれが、大学4年の就職適正検査で『社会不適応型』と診断されたことについては以前述べた。そんなわけがない、と就職して3年間働いた会社は、元々京都の呉服問屋から始まった会社で、事業規模を大きくするのに合わせ、呉服の他、ファー、レザー、バッグ、ジュエリー等、女性にまつわる高級品を扱う会社だった。おれはその中の貿易・ファッション部に配属になり、主にファー、レザーバッグなどの輸入品のブランド物や、海外工場で作らせている自社ブランド商品の販売をしていた。3年間毎日そういう商品を扱っていたのでそれなりにいいものを見る目は養われていた。
 手に取ったシルクは、そんなおれが見てもなかなかのもののように見えた。つまりはそれなりの値段がするはず、ということだ。

 『コヘイジ、ボクはこの中のシルクで両親に服を作って上げることにするよ、キミはどうする?』
 『ラーム、見たところこれはとても良いシルクだ、そんなにたくさんはボクは買えないよ』
 『それならばスカーフにすればいい、切ってそのまま首に巻いて使えるよ』
 『スカーフか…、でもスカーフにするくらいの長さでいくらぐらいするんだろう…?』

 おれの言葉を聞いて、好青年が紙に数字を書いて俺によこした。100、と書かれている。100ルピー、日本円で約500円…、500円!?

 『そんなに安いの!?』
 『コヘイジ、これが日本に渡ればその10倍以上の値段になるだろう、でも、ここはインドだぜ』

 そんなことがあるのか…、確かに仕入れた品物を小売り店に売れば、こちらの売値の倍の値段がつけられる、そういう事情をよく知っていただけに、おれはそれ以上の疑問は持たなかった。

 両親、千葉の伯母、そしてK子、おれはスカーフ用に、色違い、物違いのシルクを何枚かを切ってもらう、さらに予備として数枚…、その度に好青年が値段の書いたメモをよこす。ある程度買ったところで、おれはバンドのドラマー、Y子のことを思い出す。

 『安いものでいいんだけど、サリーは買えるかい?』
 『もちろん!』

 好青年がせむし男に合図すると、何着かのサリーを持って来てくれた。何色かあったが、どうせ日常で着るなんてことがあるはずもなく、ステージ衣装にするくらいだろう、と、一番ド派手な真っ赤なサリーを買った。
 一通り、買い物が終わり、おれは好青年が書いてくれた値段のメモをもう一度確かめる、全部で1500、1500ルピー、日本円で約7500円、まあお土産としては安く済んだのだろう。
 
 階下からどこかの店の店員が料理とビールを持って上がって来た。

 『さあ、買い物も終わったことだし昼にしよう』

 好青年がおれにビールをつぐ、チキンチリ、べらぼうに辛いがべらぼうにうまい、その他、なかなか豪勢な料理に囲まれ、すぐにほろ酔いになる、そしてご機嫌になる、悪い癖だ。

 この店のオーナーだという恰幅のいい大柄のインド人が現れた。

 『ジャパニー、コンニチハ! タクサンカイモノアリガトウ!』

 片言の日本語で満面の笑みをおれに向ける。インド人は日本人のことを『Japanese』ではなく『ジャパニー』と言う。

 『カイモノノオレイニナニカプレゼントをスルヨ!ホシイモノハアルカイ?』
 
 おれは、インドに慣れてきたらぜひ買おうと思っていたものがあった。それはインド人の男が来ているような丈の長い麻のシャツとズボンだ。どこかの街に居ついたら、インド人と同じような格好で過ごしたい、と考えていたのだ。お礼にプレゼントをもらえるほどに買い物をしたつもりはなかったが、酒も回っていたおれは遠慮もせずに言った。

 『インド人の男が着るような、丈の長いシャツが欲しい』
 『お安いごようだ』

 オーナーがせむし男に合図すると、すぐにそれを持ってきた。



 『コヘイジ、さっそく着てみろよ』

 ラームにそう言われ着替えてみる。

 『おお、コヘイジ、とてもよく似合うよ!それならどこから見てもネパール人だ!』

 好青年も笑っている。せむし男までにやついている。

 『いいかいコヘイジ、この先、もし悪いインド人にお金をせびられたりしたら、こう言うんだ <マーイ、ネパリー、フォン>、そうしたらだれもキミからお金をもらおうなんて思わないから』
 『それはどういう意味だい?』
 『私は、ネパール人です』
 
 おれは言われたとおりにやってみる。

 『マーイ、ネパリー、フォン!』

 一同が笑う。そうか、インド人はネパール人を下に見ているのだ、貧乏なネパール人に金をくれ、と言っても仕方ない、きっとそういうことなのだ。

 ラームがまた口を開く。

 『なあコヘイジ、インドではこうやって友達になったら、その証にお互いの持ち物を交換する習慣があるんだ、そこで、あのキミのコートだけど…、ボクがカシミヤのいいセーターをプレゼントするから交換しないか』

 ラームの言うおれのコートとは、紺色のフード付き春物ハーフコートで、そういうデザインのものが欲しくて、散々探して、ようやく新宿の服屋で見つけたお気に入りのものだった。K子からもよく似合うと言われていた。

 『ラーム…、これはボクのお気に入りなんだ、これは交換できない…』

 そう言うとラームは少し険しい顔になり言った。

 『コヘイジ、そのコートはインディアンスタイルじゃない、そんなのを着ていたらこの先、キミは金持ちに思われ、悪いインド人に狙われてしまうよ』
 
 『え?』

 昨夜のサダルストリートのすさまじい光景が脳裏によぎる…。このインディアンスタイルではない、という言葉は思いのほかこの時のおれには効果があった。

 『うーーん…、わかったよラーム…、交換しよう…』
 『そうか!コヘイジ、じゃあ代わりにカシミヤのセーターをプレゼントするよ!』

 そう言うやいなやもうおれのハーフコートを羽織り、せむし男を走らせる。せむし男がすぐに交換の品を持って上がって来る。

 『え?』

 黒とグレーのまだら模様のダサいセーター、カシミヤの商品も扱っていたおれには、それがカシミヤでないことはすぐにわかった。ナイロンもふんだんに使っている、デザインもダサダサ、着てみれば…、キツイ、小さいのだ、きつくてピチピチだ。

 『これは…、』
 『コヘイジ、よく似合うよ!インドは間もなくウインターシーズンだ、それがあれば安心だよ!』
 『……。』

 『コヘイジ、ところでキミのあの時計だけれど…』

 ラームが言うのは、おれの懐中時計だ。おれは普段、仕事でもプライベートでも、腕時計ではなく懐中時計をつけていた。それは決して高価なものではなかったが、やはりデザインなど、おれのお気に入りだった。

 『これも…、ボクのお気に入りなんだけど…』
 『コヘイジ…、それはもっとインディアンスタイルではない、そんなものをつけていると…』
 
 再びおれの脳裏に昨夜のサダルストリートの光景がよぎる。

 『わかったよラーム…、交換しよう…。』

 懐中時計の代わりにせむし男が持ってきたもの、それは、プラスチック製の黒いデジタル腕時計、表面に、白いペンか何かで、明らかに手書きで『 CASIO 』と書かれている。おれはもう思わず吹き出してしまった。

 『コヘイジ、キミのあのバッグだけど…』
 『わかったよ!インディアンスタイルじゃないんだろ!交換しよう!』

 おれのお気に入りのショルダーバッグは、今時遠足の小学生でも使わないような、迷彩柄のエナメルのリュックサックに変わり果てた。

 インド人男の民族衣装、ドゥーティーとかいう麻の丈の長いシャツにズボン、上にはピチピチのダサダサセーター、腕には手書きでCASIOと書かれたプラスチックのデジタル腕時計、背中には迷彩柄のエナメルリュック…。

 もうめちゃくちゃだ。それでもおれは、目の前のインド料理をつまみ、酒に酔い、なんだかご機嫌になっていた。そして、ずっと気になっていた、部屋の隅あるシタールを指さし、好青年に言った。

 『あれを触らせてくれないか』
 『弾けるのか?』
 『いや、ギターは弾けるけど、シタールは初めて触る』

 インドへやって来たビートルズ、あのジョージ・ハリスンのその後の音楽に多大な影響を与えた楽器、シタールを手にしておれはご満悦だ。
 そのおれの姿を見てラームが言う。

 『なあ、コヘイジ、何か日本の歌を歌ってくれよ』

 歌…、伴奏もなしでか…。
 おれは、接待などで、おれよりずっと年配の人とカラオケなどをすることがあったが、その相手の年齢に合わせ演歌などを歌うとこう言われるのだ。

 『若いのにつまらない歌を歌うねえ…』

 それで、次に若い流行り歌を歌うとまた言われるのだ。

 『若い人の歌はわからないねえ…』

 面倒なので、こういう時に必ず歌う歌をおれは決めていた。森進一の襟裳岬。
 
 酒も回り、ご機嫌なおれは歌い始める。

 『きたのーまちではーもぅをー♪』

 宴はつづく、宴はつづく

 『かなしぃみをー、だんろでえーー♬』

 この後、この買い物が衝撃的な結末を迎えるとも知らずに…。 

 『えりぃもぅのーー、はるぅはーーーーー♫』

 おれは歌う、おれは歌う

 宴はつづく、宴はつづく






***************つづく


※注Calcutta(カルカッタ) → 現Kolkata(コルカタ) 記事は30年近く前のできごとです。また、画像はイメージです



コメント (5)
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