さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

インド放浪 本能の空腹29 LONG VACATION

2021-04-08 | インド放浪 本能の空腹

イメージ プリー東海岸


こんにちは
30年近く前、私がインドを一人旅した時の日記をもとにお送りいたしております



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 ある日のこと、おれはK君と銀行へ両替に行き、そのまま昼飯をいつものミッキーマウスで食おうと、東側地区へ向かって歩いていた。

 前方から、見覚えのある男、いや、忘れることなど絶対にない男、そう、あの『不良インド人バップー』が自転車に乗ってやってくる(インド放浪 本能の空腹 24 『不良インド人 バップー』)。

 バップーとはあの一件以来、せまい街だから度々路上で出くわしてはいたが、もちろん会話も挨拶もしない、ただガンの飛ばし合いをするのみであった。
 バップーはおれに気づくと、あの一件の日と同じようにニヤニヤとしながら近づいてきた。K君に興味を持ったのだろう。だが、近づくにつれ、バップーの表情が心なしかこわばり、緊張したような顔になった。

『Hi ジャパニー、友達…、 か?』

『ああ、友達だがキミに用はない』

『…、キミはどこから来たんだ?』

K君には通じない。

『彼は日本人だ』

おれが答える。

『エッ! ジャパニーだって!? ……、 フランス人かと思った…、』

 K君は、自転車の旅で多少陽に焼けてはいたが、本来は色白でスッキリとした爽やかな顔立ちの青年だった。少し長めの髪もサラサラで、確かにイケメンではあったが、『フランス人』ってのはよく意味がわからない。おれと初めて会った時は、見るなりすぐに『ジャパニー』と呼んだくせに、気に入らない!。それにしても相手がフランス人だと思うと、あんなに緊張した表情を見せるのか! 卑屈なやつめ!

 そんなバップーは、K君が日本人だとわかると、すぐさまワルインド人の顏に戻り、ニヤニヤして言った。

『Hi、ジャパニー、キミはロブスターは好きか? 石は? きれいな石は欲しくないか?』

 おれに声をかけて来たときと同じことをK君に言う。
 おれは語気を強めてバップーに向かって言った。

『彼は! ロブスターも石も興味ない! 関わらないでくれ!!』

『Hi、Hi、アナタハ、チョット、クルクルパーネー』

 バップーはニヤニヤとしながら、人を小馬鹿にしたワル顏のまま去って行った。

『小平次さん! アイツ、今クルクルパーって言いましたよね! アイツっすか? 前に小平次さんが言ってたワルインド人って?』
『うん、K君、そう、アイツがバップーだよ、絶対に関わらないようにしなよ!』
『大丈夫ですよ! あんなヤツ相手にしませんよ!』

 おれたちは少しばかり気分の悪い思いをしたが、気を取り直して再びミッキーマウスに向かって歩き出した。

 ミッキーマウスにに着くと、いつものようにシメンチャロ―が眉をハの字にして嬉しそうに駆け寄って来る。そしていつものようにシメンチャロ―を交えて談笑する。いつものように、いつも通り平和な時間だ。

シメンチャロ― K君撮影

 ところが…

『〇#!!◆▼!#!!!!!!!』

 突然、裏口の方から大きな怒鳴り声がした。

 振り向くと裏口に、大柄で恰幅の良いインド人男が何か喚いている。その周りを、シメンチャロ―と同じ年頃の少年従業員たちがオロオロと動き回っている。シメンチャロ―も、少しばかり顔を引き攣らせあわてて大男のもとへ駆け寄る。

『〇#!!◆▼!#!!!!!!!』
『〇#!!◆▼!#!!!!!!!』
『〇#!!◆▼!#!!!!!!!』

 大声は止まらない、その内、大男は近くにあった細い竹製の棒、を手に持ち、鞭のようにしならせ子どもたちを打ちつけはじめる。

『ビシッ!』
『ビシッ!』
『ビシッ!』
『ビシッ!』


 その音だけでも、相当に痛いであろうことがわかる。

 打たれるたびに子どもたちが『ウッ』と小さく呻く。

 もちろんシメンチャロ―も打たれている。

 子どもたちは打たれながら空き瓶を片付けている。

 子どもたちが瓶を片付け終えると、大男は何かを言って、ようやく打つのも大声を出すのもやめた。

 それから大男は、店内にいた唯一の客で会ったおれとK君の方へ、少し興奮した面持ちで近づいて来て言った。

『私はこの店のオーナーだ。今の光景を見ていたと思うが、どうか気を悪くしないで欲しい、彼らは、彼らのすべき仕事をしていなかった、だから私は彼らを叱った、これは彼らが仕事をしてお金を得る、それを理解させる、彼らのためのトレーニングなのだ、だからどうか気を悪くせず、食事をして欲しい…』

 日本では考えられない光景、目にすることなどあり得ない光景、おれとK君はかなり困惑していた。本来小学校に行くような年齢の子どもたちが、学校にも行けず、働き、鞭ような棒で打たれる、それをおれたちがどれだけ残酷な光景だと思ったとしても

ここは

『インド』

なのだ。

『わかった、よく理解した』

 おれがそう言うと、オーナーは少し微笑んで去って行った。裏口に目をやると、いつも以上に眉をハの字にしたシメンチャロ―が、おれたちに心配をかけまいとするかのように無理な笑顔を見せていた。

 おれは、初めてシメンチャローに会った時のことを思い出していた。

『コヘイジ、インドにはどれくらいいるの?』

『わからない、帰りたい、って思うまでかな』

『仕事は? 仕事は大丈夫なの?』

『……、 仕事は、…、今、LONG VACATION…、なんだ』

『そうか、いいなあ…』

 この時、おれの中で何かがささやいた。

『LONG VACATION…、 そんな、そんな長い休み、もう終わりにしなくちゃ…』

 同時におれは口を開き、K君に言った。

『K君、おれ、そろそろ帰るかも… 日本に…』

『えっ!』

『いや、日本に帰るかはまだわからないけど、とりあえずカルカッタに戻る、とにかく…、あのカルカッタへ…』


*******************  つづく

この時、なぜ突然そう思ったのかは、30年近く経った今でもわかりません。


コメント (2)
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